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ドル下落とドル調達難のダブルパンチが日本の金融機関の大きな脅威

2021/04/26

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ドル安下でのドル確保困難化の怪

ドルの大幅下落は、米国以外の金融機関の財務に打撃を与える脅威となる(コラム「ドル下落で金融機関が失うもの」、2021年4月20日)。さらに、ドル安の進行と同時にドルの調達難が生じるケースでは、日本の金融機関への打撃はより高まることになる。

金融市場が混乱する局面では、世界中の金融機関がドルの確保に一斉に動く。自然災害が生じた際に、ATMから現金を引き出して、いつでも使えるように手元に持って置く個人の行動と似ている。事実上の基軸通貨であるドルをまず確保するのである。

そのため、金融市場が混乱する局面では、ドル資金を調達してドル資産に多く投資をする日本の銀行は、ドルの確保に奔走することになる。そうした行動がドル不足を生じさせ、ドルの調達コストを高めるのである。日本の金融機関にとっては、ドル調達に支障が生じることは、まさに大きな弱点(ウィークポイント)である。

2008年のリーマンショック(グローバル金融危機)の際や2020年のコロナショックの際にも、金融市場の混乱を機にドルの調達が難しくなり、ドルの調達コストが多くの国で急上昇した。2020年の場合には、米連邦準備制度理事会(FRB)が、各中央銀行とのスワップ協定を拡充し、大量のドルを供給したことで、こうした事態は比較的短時間で収束した。その際に、日本はFRBによる主要なドルの供給先となったのである。

デジタル人民元の普及や米国の双子の赤字拡大などをきっかけに、将来のドル覇権が揺らぐとの観測から大幅なドル安が生じるケースでは、むしろドルの保有が控えられ、このようなドル確保の動きは生じにくいようにも一見思える。

ドル調達難で金融機関の財務は悪化

しかし、ドル覇権が揺らぐとの観測から顕著なドル安、あるいはドル暴落が生じるケースでは、世界の金融市場には大きな混乱が生じるはずだ。その際には、将来的なドル覇権の低下観測、ドル安観測とは別に、目先のところはドルを確保する必要が金融機関に生じるだろう。現時点ではドル建ての金融資産や財が世界に多くあるため、それらの取引にはドルが必要である。その結果、一見矛盾しているようであるが、ドル安傾向とドル不足、ドル調達難とが共存し、いわば「バブルパンチ」となることは十分に起こり得るのである。

そうしたケースでは、ドル資金を調達している金融機関は、その借り換え(ロールオーバー)ができなくなるとの不安を高めることになる。特に、短期のドル調達に依存する金融機関は、借り換えができなくなり、ドルの返済ができなくなるデフォルト(返済不能)に陥る可能性が出てくる。そうした金融機関は、ドル資産を売却することでドルの返済に充てることを強いられるだろう。ドル安で評価損が出たドル資産を売却することで、売却損が出て損失が確定する。こうした経路で、金融機関の財務は悪化するのである。

日本でも大手行は、ドル債の発行や長期のレポ(債券を担保に一定期間資金を調達すること)といった安定したドルの調達手段を持っている。しかし、中堅・中小の銀行は、スワップのような手法で、比較的短期間のドル調達を繰り返している傾向が強い。そうした銀行は、ドル不足、ドル調達難の局面で、財務のリスクが高まるのである。

脆弱なドル調達構造に注意

以下では、国際通貨基金(IMF)が2018年4月に公表した、金融機関のドル調達の問題に関する調査・分析の報告書(Global Financial Stability Report, April 2018)から、世界及び日本の銀行が抱えるドル調達の問題点を浮き彫りにしてみよう。

リーマンショック(グローバル金融危機)の発生から10数年が経過するなか、世界の主要銀行の財務健全性は、自己資本の積み増しを中心に大幅に改善した。しかし、自己資本比率、流動性カバレッジ比率などの数字からでは必ずしも把握できない脆弱性も残されている。その一つが、米銀以外の銀行が抱えるドルの流動性の問題だ。

欧州あるいはアジアの銀行は、そのグローバルな支店網を通じて主にドルを調達しているが、短期の調達、特に為替市場でのスワップ取引を通じた調達に依存する傾向が強い。こうしたもとでは、市場環境が逼迫すると銀行はドルのロールオーバー(借入れの継続、借り換え)が難しくなり、ドル流動性のリスクに直面しやすいのである。それは銀行が保有するドル資産の投げ売りを誘発することで金融市場を不安定にさせ、悪いケースでは銀行破綻へとつながりかねない。

ドル建て資産に対する需要は、世界で増加を続けている。それは原油、金などの各種商品の多くがドル建てで取引されることや、貿易金融、新興国の社債などでもドル建ての比率が高いことによる。また、日本のように超低金利の国では、より高い金利を求めて金融機関がドル資産を購入する傾向が強い。

そして、スワップを含むデリバティブを通じた短期のドル調達に依存する傾向が最も高いのが、日本の銀行なのである。スワップ取引を通じたドルの調達は、その他の短期ドル調達手段であるレポ市場や銀行間市場と比べてもより不安定である。この点から、金融市場が混乱するようなストレス時には、スワップは信頼できるドル調達手段とはなりにくい。

日本の銀行のドル調達構造に格差

日本の大手行の外貨の安定調達比率(「利用可能な安定調達額(資本+預金・市場性調達の一部)」÷「所要安定調達額(資産)」)は、顧客性預金の増加などを背景に改善傾向にあるが、地域銀行の外貨調達構造は、大手行と比較してかなり脆弱である。安定した外貨調達の手段である顧客性預金の比率は2割弱と低い一方、スワップや短期円投といった短期調達の比率が半分近くを占めている。こうした中、ストレス時には外貨調達に支障が生じ、保有する外貨建て証券の売却を余儀なくされる可能性も考えられる。

日本の生命保険会社は、主な投資対象である日本国債の利回りが低下する中、より高い利回りを求めてドル債などへの投資(円投)を拡大させた。その際にもまた、為替リスクをヘッジするためにスワップ市場を活用する傾向が強い。

他方、スワップ市場でドルの供給を担ってきた米国や欧州の銀行などは、国際銀行規制の影響で、スワップ市場で強いドル需要に応えきれなくなってきている。それを補う形で、日本の銀行、機関投資家にドルを供給し始めたのがヘッジファンドやソブリン・ウェルス・ファンド(政府系ファンド)などだ。日本の金融機関がスワップ市場で外貨を調達する際に、こうした銀行以外の機関が供給する外貨の比率は、今や7割にも達している。

しかし、それら非銀行の日本の金融機関へのドル供給姿勢は、欧米の銀行と比べるとかなり変動が激しいのが通例だ。市場が混乱している局面では、日本の金融機関に対してドルを供給しなくなる可能性がある。その結果、日本の金融機関によるスワップ市場でのドル調達は、従来に増して、潜在的に不安定なものとなっているのである。

ストレス時のドル調達に金融システムリスク

米国以外、特に日本の銀行が、脆弱なドル調達構造を抱える中、ドル暴落と共に金融市場に大きなストレスがかかり、スワップ市場でのドル供給が滞る事態となれば、銀行のドル調達に支障が生じ、銀行の経営不安やドル資産の投げ売りなどを通じた金融市場の大きな混乱につながりかねない。

リーマンショック(グローバル金融危機)直後も、ドル調達の困難化、ドル不足が貿易金融を滞らせ、実体経済の予想外の悪化を招いたという苦い経験がある。その後、国際銀行規制は強化され、自己資本の積み増しがなされたものの、残念ながら、ドル調達構造の脆弱性は解消されていないと言える。

デジタル人民元の広がり等を受けて、将来のドル覇権の低下観測からドル安が生じれば、日本の金融機関には大きな評価損が発生する。それと同時に、このように金融市場の混乱からドル調達に支障が生じる場合には、地域金融機関を中心に、日本の金融機関には未曽有の大きな衝撃となる可能性があるだろう。

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