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アント・グループの再編とデジタル人民元の意外な関連性

2021/04/27

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アント・グループのデータを政府系企業に移管する動き

中国人民銀行(中央銀行)は4月12日に、デジタル決済アプリを提供する金融アント・グループに対する全面的で実行可能な改革案がまとまった、と報告した。電子決済サービスと他の金融サービスとの不当な連携を見直すなど、5項目の改革を進めるようアント・グループに求めたのである。アント・グループは、金融持ち株会社を設立し、金融事業をそこに移管する。銀行と同様に当局の厳しい監督の下に置かれることになる(コラム「アント・グループが金融持ち株会社に移行」、2021年4月14日)。

その後も、アント・グループの改革、再編の動きは着々と進められている。中国当局はアント・グループが抱えるデータについて、中国人民銀行の元当局者が運営する見込みの新たな政府系企業への引き渡しを望んでいる、と英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)が23日に報じている。アント・グループからデータが移管されれば、政府系企業はアント・グループが集めたそのデータとそれを用いて計算された信用スコアを、アント・グループと競合する国有銀行など他の金融機関にも提供する可能性がある。アント・グループは、自社の影響力を維持するため、この政府系企業を傘下に置くことを望んでいるという。FTによれば、この件で、アント・グループも中国人民銀行もコメントを避けている。

データ利活用はプラットフォーマーの成長の原動力

アント・グループなどプラットフォーマーが、金融業者を一気に脅かす存在となった背景には、本業で集めた膨大な個人データ、いわゆるビッグデータを分析し、それを金融サービスに活用することで、既存の金融業者に対してかなり優位に立つことができたことがある。その代表例が、消費者金融向けのAIを用いた独自の信用リスク計測システムだ。また、アリペイを用いた個人の買い物履歴から、消費者向け融資のニーズを把握することなども可能だ。

SNSのテンセント(騰訊控股)、ネット検索のバイドゥ(百度)であれば、それぞれSNSの投稿、ネット検索の履歴から、個人の自動車、住宅の購入意欲、あるいは生命保険のニーズなどを推し量り、先手を打って自動車ローン、住宅ローン、生命保険といった商品を顧客に紹介することで、銀行や保険会社に対してかなり優位に立つことができるだろう。

当局は、アント・グループがユーザーから収集している大量のデータを活用して莫大な利益を上げ、既存の金融機関のビジネスを強く圧迫していることを特に問題視してきた。アリババ・グループ創業者のジャック・マー氏に対して当局は、大量の個人データを共有するように長年働きかけてきたが、同氏はそれに抵抗を続けてきた、と言われている。データとその分析は、アント・グループが急成長を遂げた原動力となってきたのである。

他方で政府は、アント・グループがデータを独占している状況は好ましく思っておらず、それを崩すことで、アント・グループの競争力を低下させるとともに、政府がそのデータを引き継いで活用したいと考えているのではないか。

デジタル人民元で中国人民銀行がアント・グループと技術協力

一方、中国メディアは、中国人民銀行が中銀デジタル通貨のデジタル人民元の発行に向けて、アント・グループと技術協力することになったと25日に報じている。既に人民銀のデジタル通貨研究所と、アント・グループが戦略的な協力合意に署名したという。デジタル人民元を使うためのプラットフォーム(サービス基盤)の構築を共同で進める。

こちらは、中国人民銀行がアント・グループへの監督を強めるのではなく、協力していくという案件である。しかし、その底流には、アント・グループなどプラットフォーマーの影響力を低下させ、また、データの独占を解消させる当局の狙いがあるだろう。それは、現在進められているアント・グループの再編と同じ流れの中にある。

デジタル決済分野でアリペイ、ウィーチャットペイの影響力を低下させて、銀行を助けることがデジタル人民元発行の狙いの一つと考えられる。当局は、アリペイ、ウィーチャットペイを一気に潰してしまうことも可能ではある。しかし、多くの国民が既にそれらを利用しており、まさに生活の一部になっていることを考えれば、一気に潰すと国民の社会生活に大きな打撃を与えてしまう。そこで、同じデジタル通貨であり、さらに、アリペイ、ウィーチャットペイ以上に便利な機能を幾つか搭載したデジタル人民元を発行して、時間をかけて顧客を次第に奪っていく狙いがあるのではないか。デジタル決済システムを、中央銀行、銀行、プラットフォーマーが混在する形を作り、その中で、プラットフォーマーの独占状態を解消していく狙いだろう。

また重要なのは、アリペイ、ウィーチャットペイによる個人の決済データの独占体制を打ち破り、データ保有を分散させる、あるいは国家が吸収する狙いもあるのだろう。個人の決済データは、既にみたように、アント・グループなど金融プラットフォーマーが金融分野で勢力を拡大させる際の大きな武器となっているからだ。さらに、国家が個人の決済データをより吸収することは、国内決済システムの管理強化、行政サービス一般の向上に資する、あるいは国民統制の強化につながるのではないか。

(参考資料)
「アント・グループの保有データ、人民銀が政府系企業への引き渡し望む」、2021年4月26日、ChinaWave経済・産業ニュース

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