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ワクチン接種のスピードで経済見通しに差(OECD世界経済見通し)

2021/06/02

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日本の成長率見通しは下方修正

5月31日に経済協力開発機構(OECD)は、世界経済見通しを発表した。先進国ではワクチン接種が進み、また米国を中心に経済対策の効果が高まる中、世界の2021年の成長率見通しは+5.8%と、前回3月の見通しの+5.6%から引き上げられた。コロナ対策としての米国の経済対策は、米国の成長率を3~4%ポイント押し上げ、また世界の成長率を1%ポイント押し上げたと試算されている。非常に大きな規模である。

しかし主要国の間でも、成長率見通しの修正の方向や幅に格差が見られる。それは、ワクチン接種のスピードに大きく左右される。2021年の米国成長率見通しは+6.9%と、前回3月時点の見通しから0.4%ポイント上方修正された。また、中国については+8.5%と前回見通しに比べて0.7%ポイントもの大幅上方修正となった。ユーロ圏の成長率見通しも0.4%ポイント上昇修正され、+4.3%となった。ドイツやイタリアでワクチン接種が急速に進んでいることが背景にある。

そうした中、日本の成長率見通しは前回の+2.7%から今回+2.6%へと、わずかながらも下方修正となったのである。OECDは日本政府のコロナ対策について、直接言及している。「(緊急事態宣言は)自治体による飲食店への時短営業要請を可能にしたが、これらの対策は新たな変異株の感染拡大防止には不十分だった」、「(ワクチン接種を)2月中旬にようやく開始したが、他のOECD諸国に後れを取っている」と指摘している。さらに、感染拡大が引き続き大きなリスクであるとし、それが「今夏の東京五輪・パラリンピックの開催にも影響を及ぼす」と異例な形で指摘もしている。

ワクチン接種のスピードが経済活動に及ぼす影響について、成長率見通しの修正の差として、今回顕著に表れたのである。

世界経済の強い逆風と金融市場の不安定化リスク

先進国経済の状況は全体的には改善してきているが、世界経済には引き続き強い逆風が吹いている、とOECDは指摘している。その第1は、新興国、低所得国の経済回復の遅れである。経済対策を実施する財政的余裕がないことが、背景にある。その結果、貧困問題がより深刻になっている。

第2は、世界の大多数の人々はまだワクチン接種を受けていないことから、人類は変異種の出現に対して依然としてぜい弱であることだ。

第3はインフレのリスクである。足元での商品市況の上昇やボトルネックによる価格の上昇は一時的な現象であり、年末に向けては緩和されていく、とOECDは予想している。筆者もそう考える。労働余剰は容易には緩和されず、賃金上昇率の低迷が物価上昇率のトレンドを引き続き抑制する可能性が見込まれる。中央銀行も物価上昇は一時的と考えるだろう。

しかし注意しなくてはならないのは、金融市場が足元の物価上昇をより深刻に考え、その結果、長期金利上昇など金融市場の混乱をもたらす可能性であるとOECDは指摘する。その場合には、世界経済の逆風ともなるだろう。

そのうえでOECDは、完全雇用の状況を回復するまでは、企業や労働者に対する財政支援を続ける必要があるとしている。また、公共投資の拡大の重要性も説いている。特に、デジタルとグリーン(温暖化対策)の分野での公共投資拡大は、民間投資の呼び水として重要であるとしている。

しかし一方で、中長期には透明性が高く、効率的で持続可能な財政計画の策定に着手することが必要、としている。これは財政健全化のことを示唆しているのだろう。

コロナ禍で打撃を受けた企業や個人の目を、デジタルとグリーンという中長期の経済の課題に向けさせるのは簡単なことではない。また、コロナ禍で政府からの強い支援に慣れた企業や個人に対して、中長期の財政の安定を取り戻すために財政健全化に目を向けさせ、相応の負担を受け入れさせることもまた容易ではないだろう。

しかしそれを怠れば、財政の悪化が、足元のインフレリスク以上に金融市場の混乱をもたらす可能性が生じ、また経済の潜在力を損ねるリスクが生じてしまうだろう。企業や国民に、より中長期の視点を持つように働きかけることも、今後各国政府にとって重要な課題となろう。

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