エルサルバドルのビットコイン法定通貨化は奇策の域を出ず
海外からの仕送り拡大と金融包摂が狙い
人口664万人の中米の小国エルサルバドルが、暗号資産(仮想通貨)ビットコインを法定通貨とする決定をした。ブケレ政権がビットコインを法定通貨として採用する「ビットコイン法」という法案を提出し、ブケレ大統領の与党が多数を占める国会で6月8日に同法案が賛成多数で可決されたのである。90日後に法制化される。ただし、現在の法定通貨である米ドルは、そのまま法定通貨の地位を維持する。
ビットコインを法定通貨とする決定は世界初のことであるが、その狙いは、第1に、海外からの送金(仕送り)を促すことだ。エルサルバドルでは昨年、海外からの送金が国内総生産(GDP)の約16%を占めた。海外からの送金が増えれば、それはGDPを押し上げ、経済活性化の効果が期待できる。
海外からビットコインで本国に送金する場合には、国際銀行送金やその他の手段で送金するよりも、低コストかつ迅速である。エルサルバドルの国民が、日常的にビットコインを買い物で利用するようになり、ビットコインの利用度が高まれば、海外からのビットコインの送金も促され、プラスの経済効果が生じる。
第2の狙いは、金融包摂の推進だ。エルサルバドルの国民の7割が銀行口座などを持たず、従来の金融サービスへのアクセスがないアンバンクトである。政府がビットコインを法定通貨にしてその利用を促せば、国民の利便性向上につながる。
政府がビットコインの価値安定のために市場に介入か
法定通貨にしなくても、今でもエルサルバドルでは、国民がビットコインを取引することはできる。また、ビットコインで買い物ができるところもあるだろう。そうした中で、あえてビットコインを法定通貨にするのは、店舗や企業が物やサービスの決済でビットコインを受け入れることを義務付け、ビットコイン建てでの経済取引を一気に増やす狙いがあるのだろう。任意ではあるが、税金もビットコインで収めることが可能となる。
新興国ではビットコインと自国通貨との交換を非公式のブローカーに頼る傾向があり、取引には特別なノウハウが必要なほか、詐欺や大きな価格変動に見舞われるリスクも付きまとうという。エルサルバドルでも、こうした事情が、海外からのビットコインの送金を含むビットコインの取引を今まで妨げてきた面があるのだろう。
そこで、ビットコインを法定通貨にするとともに、エルサルバドル内でのビットコインの取引に、積極的に介入する考えがエルサルバドル政府にはあるようだ。政府は、国営の開発銀行に設けた1億5,000万ドル(約165億円)の信託を通じ、決済時にドルとの交換性を保証するとしている。これはあたかも、自国通貨の発行額を外貨準備額以下に抑え、外貨との交換を保証することで自国通貨の安定を図る、カレンシーボード制に似ている。
しかし、ビットコインは世界中で取引されており、その取引の中で対ドルレートも決定されている。そのレートをエルサルバドル内だけで安定させることはできない。
エルサルバドルのビットコインはかつての自国通貨と同じ道を歩むか
それ以外にもブケレ大統領は、エルサルバドルでビットコインのマイニング(採掘)を振興する構想を示している。そこでは、最近批判が高まっている大量の電力消費による環境負荷の問題を軽減するため、地熱発電による電力を用いるという。
エルサルバドルが法定化するビットコインは、あたかも海外市場とは別のエルサルバドル内で閉じた独自の存在を想定しているような印象を与えるが、政府の構想についてはまだ不明である。
エルサルバドルは、2001年に価値が不安定であった自国通貨コロンを放棄し、米ドルを法定通貨として採用した。いわゆる「公式のドル化」である。信頼性の低い自国通貨コロンではなくドルの利用が国内で広がったことを追認した措置である。
ビットコインが法定通貨となれば、結局はかつての自国通貨コロンと同じような道を歩むのではないか。つまり、ビットコインはあまり経済活動には使われず、多くの国民はドルを使い続けるのではないか。それは、対ドルで測ったビットコインの価値が不安定だからである。
ビットコインの法定通貨化は奇策の域を出ず
エルサルバドルは様々な製品を輸入に頼っており、それはドル建ての比率がかなり高いはずだ。そのため、店頭に並べる商品にドル建てとビットコイン建ての2つの表示をする場合、ドル建て価格は安定する一方、ビットコイン建て価格は、日々の対ドルレートで大きく変動するだろう。国民は、ビットコインの価格は変動が激しく、ビットコインで資産を多く持っていると生活が不安定になることを学ぶ。そこで、海外からビットコインを送金されても、それを直ぐにドルに換えてドルで資産を持ち、ドルで買い物をするようになるだろう。そのため、ビットコインの利用は広まらないのである。
ちなみに、商品のビットコイン建て店頭価格を安定させる仕組みを政府が導入すれば、それは、政府あるいは商店がビットコインの価格変動リスクを負うことになり、大きな負担となる可能性がある。
さらに、ドルとビットコインの二重法定通貨制度を導入する場合、「公式のドル化」で放棄した金融政策はどうするのだろうか。ビットコインでの経済活動を意識した新たな金融政策を導入するのか。それ以外にも、二重法定通貨制度は様々混乱を社会に生じさせることになるだろう。結局、ビットコインを法定通貨としても、それは「奇策」の域を出ず、期待したように広まらずに終わってしまうのではないか。
エルサルバドルがビットコインを法定通貨にすることを決めたことで、多くの新興国がそれに続く、との声も聞かれる。それは、ビットコインの価格上昇期待も生じさせている。しかし、それは幻想だ。