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EUの国境炭素税導入は世界のCO₂排出量削減を促すか

2021/07/07

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欧州が先行する炭素税導入

イタリアで7月9、10日に開かれるG20主要20か国・地域財務相・中央銀行総裁会議では、先般、経済協力開発機構(OECD)加盟130か国で大枠合意された国際法人税制度改革の議論が行われる。それに加えて、CO₂(二酸化炭素)の排出に応じて主に企業の石油や石炭といった化石燃料の利用に課税する、「カーボンプライシング」の一種である炭素税の本格導入に向けた議論が始まるという。

炭素税は欧州諸国が先行して導入を進めてきた。1990年に世界で初めて炭素税を導入したフィンランドでは、CO₂1トン当たり日本円換算で9,625円が課税されている。課税額が最高なのは、スウェーデンの1万4,400円、そしてフランスが5,575円、英国が2,538円などとなっている。

世界銀行は、地球の気温上昇を2度以内に抑えるパリ協定の目標を達成するには、各国の炭素税の水準をCO₂1トン当たり40~80ドル(4,500~9,000円)程度に設定する必要があると試算している。欧州では、既にその水準に達している国が少なくない。

日本では環境省と経済産業省の間でつばぜり合い

日本では、2012年に炭素税の一種として地球温暖化対策税が導入された。その水準は現在CO₂1トン当たり289円と、東欧や東南アジアと並んで低い水準にあり、企業にCO₂排出量削減を促す効果は乏しいとされる。

一方、炭素税の本格導入に向けた議論は始まっていない。政府内では、CO₂排出量削減を促す観点から、炭素税や排出枠設定などのカーボンプライシング導入に積極的な環境省と、企業の負担増加と競争力への悪影響を警戒して慎重な経済産業省の間でつばぜり合いが続いている。また、企業の中にも慎重な意見は多い(コラム「カーボンプライシング(CP)導入による脱炭素化で成長は維持されるか」、2021年6月23日)。

そうしたもと、政府が6月18日に閣議決定した骨太方針でも、炭素税については「専門的・技術的な議論を進める」とし、明確な方向性を示せていない。

EUは国境炭素税を導入へ

各国にはCO₂排出量削減を進める責務がある。しかし、カーボンプライシングなど、その手段については強制されるものではないだろう。そうしたなか、G20でカーボンプライシング、炭素税が議論されるのもやや違和感があるところだ。G20の議論に大きな影響を与えているのは、欧州連合(EU)が導入を決めた国境(国際)炭素税なのではないか。

既にみたように、欧州各国では炭素税の水準が他国よりも高い。そのもとで、炭素税の負担が大きい欧州企業は他国の企業との競争で不利となる。さらにEUの排出枠取引で、炭素の価格が1トンあたり50ユーロにまで急上昇したのを受け、EUの企業は早急に国境炭素税を導入するよう求めた。

そこでEUは、輸入品にコストを上乗せする国境炭素税を2023年までに導入する方針を打ち出したのである。ちなみにこの国境炭素税は、新型コロナ危機に対する復興支援策の財源と位置づけられている。

CO₂排出量削減が遅れるEU域外国では、自国の輸出品にEUの国境炭素税が適用されることを避けるために、カーボンプライシング、炭素税の導入などを含めてCO₂排出量削減を加速させる可能性がある。この場合には、EUの国境炭素税は世界のCO₂排出量削減を促す効果を持つことになる。

一方的な国境炭素税導入には深刻な貿易摩擦のリスクも

しかし一方で、EUによる一方的な国境炭素税導入は、他国との間に深刻な貿易摩擦を生じさせるリスクもはらんでいる。それがゆえに、G20の場で慎重に議論する必要が出てきているのではないか。

既にEUとロシアとの間で深刻な軋轢が生じている。EUの国境炭素税は、自国企業への大打撃が不可避として、ロシア政府は同制度を保護主義的と非難を強めている。

欧州委員会は7月に計画の詳細を発表する予定とされる。欧州議会や加盟国との交渉には少なくとも数か月かかるとみられる。国境炭素税は、当初鉄や鉄鋼製品、セメント、肥料などに限られ、課税額は域内の炭素価格に準じる見込みだ。課税額は域内の炭素価格に準じるというのが重要な点であり、それゆえにEUは、同制度が輸入品に国産品より高い基準を求めないという世界貿易機関(WTO)の規則に準拠している、と説明している。

他方で、EUの国境炭素税は、WTOのルールに反しているとの主張もある。WTOの機能が現在かなり低下していることを踏まえれば、この点を巡ってWTOへの提訴が生じても、WTOにそれを迅速に解決する力はないのではないか。その結果、各国を巻き込む大きな紛争へと発展する可能性は否定できない。

「正直者が損をする」仕組みを変えられるか

英国やフランスが独自のデジタル課税を先行して導入したのと似ているが、EUの国境炭素税導入の方針は、やや国際協調の精神を欠く、乱暴な側面もあるのかもしれない。しかしそれが触媒となって、各国で炭素税などカーボンプライシングの導入が広がり、さらに国際的な国境炭素税制度の構築へとつながっていくのであれば、結果的に評価されるものとなるかもしれない。

CO₂排出量削減では、まじめに取り組む国の企業の負担が高まり、国際競争力に悪影響が及ぶ。「正直者が損をする」構図に陥りやすい。それを回避するには、税制面も含めて各国の条件を揃えていくことが重要だ。EUの炭素税額(炭素価格)が世界の標準となり、それに基づく国境炭素税制度が各国に広がっていくのであれば、それは世界全体のCO₂排出量削減を促すものとなるのではないか。

しかし各国間での利害を調整することは容易ではない。G20にそうした機能が備わっているかについては正直疑問も残るが、それでも果敢に取り組んで欲しいところだ。そして、この問題の解決には、米国の強いリーダーシップも必要となるだろう。

(参考資料)
「G20、脱炭素・課税強化議論へ―財務相らが環境対応加速」、2021年7月5日、共同通信ニュース
「世界の排出量、2割に「値段」、炭素税・排出枠取引、5.8兆円規模。」、2021年7月1日、日本経済新聞
「Q&A 炭素税 CO₂排出減らす行動促す」、2021年6月30日、中国新聞
「[FT]EUの国境炭素税、ロシア企業に大打撃」、2021年5月18日、フィナンシャルタイムズ

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