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欧米中銀のインフレ目標政策見直しとその課題

2021/07/09

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インフレ期待上昇を狙ってECBがインフレ目標政策を見直し

欧州中央銀行(ECB)は8日に、インフレ目標政策の見直しを発表した。それは、インフレ目標の引き上げと説明されている。またこれは、2003年以来の戦略の見直し(ECB’s strategy review)の一環と位置づけられている。

ECBのインフレ目標は、従来「中期で2%を下回るがそれに近い水準」とされてきたが、これを今回、「中期で対照的な2%」とした。さらに、「インフレが一時的な期間、度を超えない程度に目標を上回ることも示唆されうる」との認識も示された。

ラガルド総裁は「新しい原則は(目標の)あいまいさをすべて取り除くとともに、2%は上限ではないと明確に伝えている」と説明している。

ただし、今回の見直しは従来からECB内でなされていた議論の延長線上にあり、まったくサプライズはない。ECBは、実際の物価上昇率が目標値を下回り続けていることを問題視してきたが、その背景には、金融市場や経済主体のインフレ期待(予想物価上昇率)が、ECBのインフレ目標値の水準を下回り続けており、それがインフレ目標達成の障害になっている、との認識があったのである。

そして、「中期で2%を下回るがそれに近い水準」という従来の目標のもとでは、2%はいわば上限(キャップ)であり、物価上昇率が高まり2%に近付いてくるとECBは金融引き締めを強め、結果的に2%超えの物価上昇率を容認しない、との見方が市場などでなされ、それがインフレ期待(予想物価上昇率)を低位に抑えている原因、との意見がECB内には広がっていた。

そのため今回、2%が上限ではないことを明確にするとともに、実際の物価上昇率が目標値を下振れた後には、一定期間上振れを容認し、物価上昇率の中期的な平均値が目標値に一致するように政策を行うことを決めたのである。それを通じてインフレ期待(予想物価上昇率)を目標値に一致させる狙いだ。

FRBが露呈した物価上振れ容認姿勢を維持することの難しさ

インフレ目標政策を巡るこうしたECB内での議論と今回の見直しは、米連邦準備制度理事会(FRB)に倣ったものだ。FRBは昨年夏に、実際の物価上昇率が目標値を下振れた後には、一定期間上振れを容認し、物価上昇率の中期的な平均値が目標値の2%になることを目指す、とする金融政策の枠組み修正を発表した。ECBはFRBの議論に強く触発され、見直しの議論を1年半続け、FRBに一年近く遅れてそれを実現しようとしている。

しかし、ECBが見本としたはずの、そしてFRBが鳴り物入りで導入したこの新たなインフレ目標政策方針は、現在大きく揺らいでいる。物価上昇率が目標値を上回ることを一定期間容認するとのビハンド・ザ・カーブの政策姿勢を、早くも半ば放棄するかのような発言がFRB内に目立ってきた。足もとでの物価上昇率の高まりを受けて、地区連銀総裁の中では、来年にも政策金利を引き上げるよう、正常化の前倒しを主張する声が高まっているのである。

前回のリーマンショック以降、10年余りに渡って、FRBが目標とするPCEデフレータは+1.6%程度の平均水準で推移してきた。中期の平均で目標値の2%を目指すのであれば、1年程度の間は6%程度もの物価上昇率の上振れを容認する必要がある計算となる。ところが現在の米連邦公開市場委員会(FOMC)での見通しでは、物価上昇率は今年年末に3%台半ばとなった後、来年以降は目標値の2%程度で推移する見通しとなっている。

物価上昇率の上振れを容認するビハンド・ザ・カーブの政策姿勢を打ち出しても、実際に物価上昇率が高まってくると、そしてインフレ懸念から金融市場が不安定になってくると、その方針を撤回して、金融政策の正常化を主張する声が高まってくる。まさに「朝令暮改」である。

そうした政策姿勢が、金融政策に対する金融市場の信認を低下させる恐れもあるだろう。FOMC内で早期の政策金利引き上げを主張する者は、昨年打ち出したばかりの新たなインフレ目標政策の方針との整合性をしっかりと説明することが求められるはずだ。

このように、参考にしたFRBの新たなインフレ目標政策の方針が大きく揺らぐ中で、ECBは同様の方針を今回決めたのである。FRBのように「朝令暮改」とならないかどうか。そのあたりのECB内での議論を詳しく知りたいところだ。

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