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ワクチン接種証明の国内での積極利用を検討すべきか

2021/07/15

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7月26日からワクチン接種証明書の受け付け開始

海外渡航者向けのワクチン接種証明書、いわゆるワクチンパスポートについて、7月26日から全国の市区町村で申請受け付けが始まる。ワクチン接種証明書を巡る今までの政府の対応は一貫性を欠き、また迅速さを欠いた感が否めない(コラム「日本でもワクチン接種証明の議論を」、2021年3月2日、「世界で広がるワクチンパスポートの検討とその課題」、2021年3月23日)。

欧州連合(EU)などの海外では、年初からワクチンパスポートの議論が盛んになされてきた。EUは夏のバカンスシーズンを前に、この7月からワクチンパスポート「デジタルCOVID証明書」の本格運用を始めた。

一方、国内でのワクチン接種証明書を巡る議論は、迷走してきた感がある。当初政府は、「ワクチン接種証明書が無ければ行動が制限されるのは差別的だ」として、証明書の発行にはかなり否定的だった。この初期の判断が、その後の対応の遅れを招くことにつながった面があるのではないか。

海外でワクチンパスポート発行の動きが一段と広がると、今度は、政府は、海外で用いる目的に限ったワクチン接種証明書の発行を検討し始めた。それが、7月26日から受け付けが始まるワクチン接種証明書である。

政府は差別につながることを警戒

しかし海外では、ワクチン接種証明書の利用は、他国への移動のみならず、国内での活用にも広がる。経団連は6月に、接種証明書の活用によって、ワクチン接種者に対し、飲食店の利用促進や、国内移動・旅行などの制限緩和をし、「自粛などによって萎縮した地域経済や各業界の活性化が期待される」などとする提言を政府に提出し、国内での積極利用を呼びかけた。

こうした声に押される形で政府は、国内の商業施設などでの利用を想定した運用指針を作成する方針を固めた。まさに、方針は大きくぶれ、一貫性を欠く対応となってしまった。

政府は、こうした運用指針を周知徹底することで、接種証明書を持たない人への差別につながらないような利用を求めたい考えである。運用指針では、証明書の提示で、飲食代金やサービス料金を割り引くなど、利益につながる利用は推奨するが、証明書がなければイベント参加や、就職、入学を拒否するなど、不利益につながる利用は避けるよう呼びかける方向だ。あくまでも、差別につながらないようにすることへの配慮に重きが置かれている。

フランスは方針を転換し国内利用を積極化

アレルギーや疾病などを理由にワクチン接種ができない人がいる。また、ワクチンの副作用が完全に把握されていない中、副作用を警戒して接種しない人に対して接種を強制することも妥当ではない。そうした人達が差別的な待遇を受けないように政府が配慮するのは正しい。

しかし、差別のリスクに十分配慮しつつも、感染抑制手段として、あるいは生活の正常化を図るため、国内でもワクチン接種証明書を積極的に活用することを考えるべきではないか。

そこで注目したいのは、フランスの例である。日本と同様にフランスも、ワクチン接種証明書を国内で利用することに否定的だった。当初は若者の接種が遅れる中、彼らへの差別につながることを警戒したのである。

しかしマクロン大統領は7月12日に、8月から飲食店利用時などにワクチン接種証明書の提示を義務付けると発表した。飲食店やショッピングモール、病院、高齢者施設、飛行機、長距離列車などに入るときに接種証明や直近の陰性証明などが必要となる。

方針を一転させたのは、インド型(デルタ型)の新規感染者が増加していることだ。新規感染抑制策として、ワクチン接種証明書を利用し始めたのである。ワクチン接種が先行した他の国でも、新規感染が再び拡大しているのは、ワクチン未接種者の存在によるところが大きいとの印象がある。感染対策において、ワクチン未接種者の存在がウイークポイントとなってきているのではないか。

そして、ワクチン接種証明書の提示を義務付ける狙いの一つは、ワクチン未接種者の行動を制限することで、ワクチン接種を促すことだろう。

ワクチン接種証明書の国内利用に国民のニーズ

日本でもワクチン接種が今後さらに広がっていけば、ワクチン接種証明書の提示を義務付ける店舗、施設などは出てくるだろう。それに向けて、現在の紙ベースだけでない、専用アプリに基づくデジタル形式の証明書の作成を、政府は急ぐ必要がある。

いかに政府がワクチン未接種者の不利益につながる利用は避けるよう呼びかけても、ワクチン接種証明書の提示を入店の条件にするような動きを止めることはできない。ワクチン接種を済ませた多数の顧客が、感染を恐れてワクチン接種証明書の提示を入店などの条件にすることを望み、それが客入りを大きく左右するような状況になれば、店側はそうした方針を受け入れざるを得なくなるのである。

また、ワクチン接種証明書を国内で利用したいというニーズは、国民の間で潜在的にかなり高いのではないか。都市部からの帰省時などに近所の人から白い目で見られないように、簡単に見せることができるワクチン接種証明書を携帯したいという人は多いだろう。政府は、差別回避という観点だけでなく、こうした国民のニーズに応えるという点も踏まえて、ワクチン接種証明書の国内利用を検討する必要があるだろう。

さらに、4回目の緊急事態宣言が発令された東京を中心に、新規感染者の抑制に打つ手がなくなってきた感がある現状では、ワクチン接種証明書を積極的に国内で利用することは、感染抑制策の重要な選択肢の一つとなっていくのではないか。

ワクチン接種証明書の活用については、このような国民のニーズを正確に把握し、さらに海外での現状を踏まえたうえで、政府は先手を打った対応を、今後は心掛けていく必要があるだろう。

(参考資料)
「仏、飲食店利用にワクチン接種義務付け 8月から」、2021年7月13日、日本経済新聞電子版
「ワクチン証明書 運用指針 非接種者を差別 回避 商業施設 想定 政府方針」、2021年7月10日、東京読売新聞

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