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中国企業への統制拡大でチャイナリスクが急浮上

2021/07/29

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IT企業への統制強化が断行される

グローバル投資家の間では、中国企業への株式投資に関わるリスク、いわゆる「チャイナリスク」への警戒がにわかに高まってきた。これが足元での中国株価の大幅下落や3か月ぶりの対ドルでのデジタル人民元安をもたらしている。さらに中国の成長鈍化観測と合わせて、この「チャイナリスク」は日本株にも重しとなってきた。

中国当局が進めているIT企業への規制強化は、ユーザーのプライバシー保護、他企業に対する優越的地位の取り締まりなど、先進国で行われているものと共通する部分もあり、それ自体がサプライズとは言えない。

しかし、規制、統制強化のスピードがあまりにも速いこと、そしてIT以外の産業にも先行き幅広く及んでいき、終わりが見えないことへの懸念が、「チャイナリスク」への強い警戒をもたらしている。

中国政府は7月26日にネット業界に対する半年間の集中取り締まりを始めたことを突如発表した。「今年前半のアプリの取り締まりを踏まえ、さらにネット業界の問題を整理する」と説明している。

昨年来、中国当局はIT業界に対する統制強化をにわかに強めている。その起点となったのは、EC最大手のアリババグループ傘下で決済アプリであるアリペイを提供するアント・グループの昨年11月の上場延期だ。その後、アント・グループの金融ビジネスは、事実上解体されようとしている。

当局は今年4月に、アリババグループに巨額の罰金を科し、またネット企業大手のテンセントなど他社にも相次いで指導や罰金処分などを行っている。7月に入ってからは、米国に上場したばかりの配車サービス大手、滴滴出行(ディディ)に対して「違法に個人情報を収集している」としてアプリのダウンロードの禁止を命じた(コラム「中国ネット企業への統制強化と米中間で進む資金のデカップリング」、2021年7月8日)。

7月24日には、国家市場監督管理総局が、国内ネット音楽配信市場における独占行為で、テンセントに対し独占禁止法違反で是正措置と罰金50万元の支払いを命じたと発表している。

統制強化は教育産業にも

そして、当局の規制・統制強化は、まったく別の業界にも及び始めている。前週末には、小中学生向け学習塾を非営利団体化することを柱とする規制策が公表されたのである。教育産業はネット企業の利益拡大を助けるネット広告の大口顧客であるが、その観点以外に当局は、学習塾など義務教育以外の教育ビジネスが教育費の上昇を後押ししており、それが教育を受ける機会の不平等を生じさせるとともに、養育費の上昇を通じて出生率を高めることを妨げている、としている。

IT業界、教育産業以外に、今後は過剰債務などの大きなリスクを抱える不動産業界や医療業界などにも、当局の統制強化が広まるとの観測が、投資家の間で浮上している。不動産業界では既にそうした動きが見られ始めている。

中国側からも米中デカップリングを促す動き

昨年までは、投資家にとっての「チャイナリスク」とは、IT関連の中国企業が、米国政府によって米国や先進国市場から締め出され、また、半導体など中国企業のサプライチェーンを遮断されることを意味した。

しかし現在では、中国当局による中国企業への統制強化の方が、より深刻な「チャイナリスク」となっている。中国当局は、中国企業の海外での上場、あるいは海外での中国企業の活動に対しても統制を強めている。7月23日には、中央銀行の中国人民銀行が、ネット決済事業者に対して、国内外での新規株式公開(IPO)など経営上の様々な「重大事項」について事前報告を義務づける、新たな規則を公表している。

中国企業の海外での上場や海外での活動を規制することは、中国企業の資金調達や市場拡大を制約し、その成長を妨げることにもつながる。それにもかかわらず、中国当局が統制を強化する理由には、海外で活動する中国企業から、中国の個人データなどビッグデータが米国などに流出することへの警戒があるだろう。

従来は、米国で活動する中国企業が、米国での情報を不当に集め、中国に流していると米国政府は批判していた。米国側だけでなく、中国側からも情報流出を警戒して米中間の経済活動を切り離す、「デカップリング」を進め始めたのである。そうしたもとでは、中国企業に投資するグロース投資家に対する中国当局の配慮も、次第に低下しているように見える。

国民に支持されるかどうかが鍵に

中国政府が中国企業に対する統制強化を進めるのは、巨額の利益を上げ、また個人データを蓄積する企業が、中国政府の経済あるいは政治的な統制にとって脅威となり始めているからだ。それに加えて、巨額の利益を上げる企業への統制強化を通じて国民の支持を集める狙いもあるようだ。

この点、習近平国家主席がかつて断行した、腐敗取り締まりキャンペーンとも似ているように感じられる。それは、不正に利益を上げた政治家などを取り締まることで、国民の支持を得る狙いであるとともに、習近平国家主席の政敵を排除し、政権基盤の安定化に資することを狙ったのだろう。

しかし、中国企業に対する統制強化の場合には、果たしてそれが国民の支持を集めるかどうかは分からない。確かに、巨額の利益を上げるIT企業に対する統制を強化し、収益環境を損ねれば、それによって留飲を下げる国民も中にはいるかもしれない。

しかし、ネット企業への統制強化は、サービスの低下にもつながるのである。また、教育産業が急成長している背景には、エリート大学に入学し限られた高給の職を子供に得させたい、という親の願いがある。そうしたニーズを無視して、学習塾など教育産業への規制を強化すれば、それは国民からの反発を生む可能性もあるだろう。

中国企業に対する統制強化は、このように国民の利便性を直接低下させる可能性があることに加えて、イノベーションを阻害することを通じて、中国経済の潜在力を低下させてしまう可能性もある。これも、国民にとっては大きな不利益となる。

中国政府が急速に進める企業への統制強化は、中国が再び先進国グループと袂を分かち、独自の政治・経済体制の追求を進めていることの一端のようにも見える。ただし、それがどこまで進められるかは、今後の中国経済のパフォーマンスと中国国民からの支持に大きくかかっているのではないか。

(参考資料)
「政府、ネット業界を「半年間」集中取り締まり」、2021年7月27日、ChinaWave経済・産業ニュース
「中国、ネット企業集中取り締まり―半年で「秩序整備」」、2021年7月27日、共同通信ニュース
「中国株、マネー流出加速 ITや教育の統制強化に疑心」、2021年7月28日、日本経済新聞電子版
「中国に逆らえば自殺行為、IT投資家の痛い教訓」、2021年7月27日、ダウ・ジョーンズ米国企業ニュース
「スマホ決済業 統制強化 中国」、2021年7月24日、東京読売新聞

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