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米上院がインフラ法案可決も先行きはなお流動的

2021/08/12

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バイデン政権の当初案を大幅に減額したインフラ法案

米国議会上院は10日に、5年間で総額1兆ドル規模の法案を可決した。バイデン大統領が掲げてきた公約の一つが実現に近づいてきたことを意味しているが、これ自体はまさに妥協の産物である。そして下院での同法案の審議の行方は依然流動的だ。

上院は与野党の勢力が50議席ずつで伯仲しているが、野党共和党の一部議員が支持に回り、賛成69、反対30で可決された。同法案は上院の超党派グループが提出したものだ。それゆえ与野党の団結を訴えてきたバイデン大統領にとっては、大きな成果となる。

しかし実際には、バイデン政権が当初示した約2兆ドルのインフラ投資計画(「米国雇用計画」)が、共和党に受け入れられなかったことが発端である。そこに含まれる気候変動対策支出と財源となる法人税率引き上げに、共和党は強く反発した。そこで、気候変動対策支出を減額し、法人税率引き上げを取り除いてようやく上院で可決されたのがこの法案だ。内訳は、道路や橋が1,100億ドル、公共交通機関が過去最大の390億ドルなどである。

予算手当て済みの改修費などを除く新規分は5,500億ドルであり、バイデン政権の当初案から大幅に減額されている。他方、財源の法人税率引き上げを除外したことで、議会予算局(CBO)はこの法案が成立すれば、財政赤字は10年間に約2,560億ドル拡大すると試算している。

上院民主党は3兆5,000億ドルの新たな経済対策を取りまとめ

他方、このインフラ法案と並行して、上院民主党は、子育て・教育支援、気候変動対策に10年間で3兆5,000億ドルを投じる法案の取りまとめを急いでいる。当初のバイデン政権のインフラ投資計画が大幅に減額されたことに不満を抱く民主党急進左派が別の法案を作成し、そこにインフラ法案で排除された、気候変動対策費、法人税率引き上げを盛り込み、さらにバイデン政権が掲げる経済対策のもう一つの柱である教育や子育て支援「米国家族計画」を加えたのだ。また財源として法人税率の引き上げ、富裕者増税も想定している。

民主党急進派は、上院で可決されたインフラ法案とこの法案をセットで成立させ、バイデン政権の公約を一気に実現させる考えである。そのため、民主党のペロシ下院議長は、両法案が揃うまで下院での審議は行わないと明言している。他方で、巨額の同法案については、民主党内でも難色を示す向きがある。党内での合意が得られなければ、上院で可決されたインフラ法案は下院では可決されないのである。この点から、インフラ法案の行方はまだ流動的と言える。

民主党は財政調整措置を用いて強硬採決を図る

上院民主党がまとめた3兆5,000億ドルの巨額の経済対策も、与野党で議席が拮抗する上院で可決・成立させることは簡単ではない。米上院では通常の法案審議において長時間の演説などで採決の遅延・阻止を狙う議事妨害(フィリバスター)が認められており、フィリバスター打ち切りを確保するには60票が必要となる。つまり現在50議席の民主党は、少なくとも共和党議員10人を味方につけなければならないのである。共和党の意見を受け入れた妥協の産物であるインフラ法案とは異なり、この経済対策で共和党の理解を得ることはほぼ無理である。

そこで民主党は、財政調整(reconciliation)措置を用いる考えだ。これは、上院の多数派が、優先順位が高いと見なす法案を強引に通過させるための仕組みだ。単純過半数での採決が可能となる。つまり民主党は50人と議長のハリス副大統領の1票で法案を可決できるのである。

崩れる民主・共和の「団結」の理念

ただ議会多数派がいつでも利用できるわけではない。財政調整措置の適用条件に当てはまるのは、予算面に直接的な影響がある法案に限られる。またこれまでは慣例的に、一般に1年に1回だけしか使われてこなかった。バイデン大統領は既に今年3月に1兆9,000億ドルの追加コロナ経済対策法案の可決でこの財政調整措置を使っている。ただしこれは、2021会計年度予算に関するもので、現在検討されているのは2022会計年度に関するものだ。それについては、一回限り、財政調整措置で民主党は法案を成立させることができる。

しかし、そのためには民主党の一致団結が必要だ。民主党議員の一人でも反対に回れば、法案は可決できなくなる。民主党急進左派が主導する形でまとめる3兆5,000億ドルの巨額の経済対策については、民主党穏健派の中には異論もある。最終的にはかなり減額されることを覚悟する必要があるだろう。

さらに財政調整措置を使って法案成立を押し切ることは、バイデン政権が掲げてきた民主・共和の「融和」、「団結」の概念にも大きく反してしまうのである。

(参考資料)
"Biden buoyed by Senate backing for $1tn infrastructure package", Financial Times, August 11, 2021
米上院、110兆円インフラ法案可決=バイデン氏「団結」の成果、2021年8月11日、時事通信ユース
「情報BOX:米民主党がインフラ計画案可決で再行使狙う「財政調整措置」」、2021年6月17日、ローター通信

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