アフガニスタン政権崩壊とバイデン政権への打撃
アフガニスタン政権が事実上崩壊
アフガニスタン政権崩壊への動きが、一気に早まった。アフガニスタンの反政府武装勢力タリバンは、15日に首都カブールへと進攻し、大統領府を掌握した。同国のガニ大統領は国外に退避し、政権は事実上崩壊した。タリバンは近く、カブールに新政権を樹立することを宣言する見込みだ。
トランプ前大統領は昨年初頭に、米軍の撤収を巡ってタリバンと合意を結んだ。さらにバイデン大統領は今年4月に、「米国の最も長い戦争を終わらせる時だ」と訴え、米同時多発テロから20年の節目となる9月11日までに、アフガン駐留米軍を完全に撤退させると表明した。
そしてタリバンは、バイデン政権が4月末に駐留米軍の撤退を始めてから一気に攻勢を強めたのである。米国の情報機関内部では、米軍の撤退完了の6か月後にはアフガニスタンの首都カブールも陥落する可能性があるとみていたが、その見通しは大いに狂い、撤退完了前にカブールは陥落してしまったのである。
アフガニスタン政府軍はこれまで、米国や北大西洋条約機構(NATO)の武力や支援に大きく頼ってきたが、それらの支援は後退していった。また軍用機や装甲車などの修理・保全を担当する数千人の請負業者も治安維持に不可欠な存在だったが、その請負業者はもうアフガニスタンを去った。そうした中、アフガニスタン政府軍は戦闘能力と戦闘意欲とを一気に失ってしまったのである。
再びテロのリスクが高まる可能性も
タリバンは1994年に神学生を中心に発足したイスラム原理主義組織である。それが首都カブールを支配することになれば2001年以来、20年ぶりとなる。2001年9月11日の同時多発テロの後、米国は国際テロ組織アルカイダとその支援者であるタリバンを壊滅させるためアフガニスタンに侵攻し、20年間この国に介入してきた。米軍の撤退と米国が支援してきたアフガニスタン政府の崩壊は、巨額の資金と軍事力を投じたこの20年間が、一体何だったのかという感を強めるものとなっている。
アフガ二スタンからの難民に紛れて、テロリストが近隣諸国に入ってくるとの観測もある。タリバンは、国際テロ組織アルカイダを支援する可能性も指摘されているところだ。
最近の国連報告によれば、2つの組織は「依然として緊密に結びついており、関係を断絶する兆しは見られない」という。さらに、過激派組織「イスラム国」(IS)もまた、この安全保障上の真空状態を利用しようとしているとされる。これらが米国及び世界の安全にとって大きな脅威となってきたのである。
本日の日本市場も地政学リスクの高まりを意識して、リスク回避の動きを見せている。具体的には、円高と株価下落である。
米国は人権軽視との批判も
他方、タリバンの司令官らが、未婚女性を戦闘員の妻として差し出すよう要求しているという報道や、タリバンが投降した政府軍兵士を処刑しているとの報告もある。グテレス国連事務総長は15日に、「タリバンをはじめとするすべての当事者に、国際人道法とあらゆる人々の権利・自由を尊重し、保護するよう求める」との声明を発表した。
しかし、タリバンが人権を尊重しない姿勢を強める場合、兵力を引き上げてタリバン政権の成立を容認したバイデン政権は、人権擁護の姿勢を常にアピールしているが、実際には人権に十分配慮していないと、世界から批判を浴びる可能性があるだろう。
今回の事態は、世界のテロリスクを高める、中東情勢の潜在的なリスクを高めることに加えて、米国の指導力の低下との受け止めから、新興国で中国やロシアへの支持を強める結果ともなりかねない。
それにも関わらずバイデン政権が軍の撤退を決めたのは、厭戦機運の強い米国民がそれを強く望んでいるからである。そして、米軍の力を対中戦略のためにアジアに集中させる狙いもある。足もとでは、外交、安全保障、人権、環境、経済など多くの点で、バイデン政権の中国シフトが際立っている。しかしそれが、世界の安定をむしろ損ねることにならないか、心配なところだ。
(参考資料)
"Intelligence Reports From Afghanistan Missed One Key Element: Speed", Wall Street Journal, August 16, 2021
"Afghans Tell of Executions, Forced ‘Marriages’ in Taliban-Held Areas", Wall Street Journal, August 16, 2021
"Disaster Looms in Afghanistan", Wall Street Journal, June 25, 2021 br>
「アフガン政権が事実上崩壊 タリバンが勝利宣言」、2021年8月16日、日本経済新聞電子版
「アフガン情勢急変、バイデン政権に打撃 ほど遠い「秩序ある撤退」」、2021年8月16日、朝日新聞速報ニュース