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『9.11』から20年の米国テロ対策と対中国政策への重点シフト

2021/09/10

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同時多発テロ事件から20年で再びテロの懸念

2001年9月11日に発生した同時多発テロ事件から、明日で20年を迎える。当時筆者はNYに駐在しており、事件当日もウォール街のオフィスから、現場となったワールドトレードセンターの状況を間近で見ていた。事件では日本人の同僚も失った。

事件直後は、米国民が多くの被害者の喪に服する中で、米国経済・社会活動が停滞すると予想していたが、実際には、「テロに屈しない」をスローガンに、経済活動を停滞させないよう意図的に消費を増やすような動きが米国民の間で強まった。そして、怖いほどのナショナリズムの高揚が見られた。そして間もなく、米国のアフガン攻撃が始まったのである。

先般の米軍のアフガン撤退、タリバンのアフガン制圧は、20年に渡る米国のアフガン統治、そしてテロとの闘いが、ともに完結しないまま終了したことを意味する。イラクについても似たような状況だろう。

アフガンでは、米軍がアフガン政府に提供していた多くの武器がタリバンに渡った。国連は、タリバンが引き続き国際テロ組織アルカイダと関係を維持しているとしている。米軍の武器がアルカイダの手に渡り、世界のテロ活動に利用される懸念があるだろう。また、米国などが支援したアフガン政府の崩壊で、IS(イスラム過激派組織、イスラム国)の活動も再び活発化する懸念もある。アフガンが、再びテロ活動の温床となってしまう可能性がある(コラム、「アフガン情勢を受けたテロリスクの高まりと世界経済」、2021年8月24日)。

テロ活動が高まれば、それは世界経済にも悪影響を与える。テロによる世界経済の損失額推定値(経済平和研究所)が、ISが国家樹立を宣言した2014年の過去最大の1,158億ドル(2019年価格)まで再び高まる場合には、世界の年間成長率は0.46%ポイントも下振れる計算だ。コロナとテロへの同時不安が経済活動を悪化させ、経済的不満からテロリストの活動が刺激される、といった悪循環に陥る事態も否定できないところだ。

米国のアフガン攻撃の起点となった同時多発テロ事件とその悲劇を間近で目撃した者としては、こうした展開は非常に残念なことである。

シェール革命と気候変動対策で低下する中東地域の重要性

自国民に大きな脅威となるテロのリスクを減らす対策は、米国にとっては自衛の措置であり、正当化される。しかし、軍事力でテロ関連国を抑えつけるという方法で、果たして世界のテロのリスクを取り除くことができるのか。当該国を米国が統治し、米国流民主主義を押し付けるというやり方も上手くいかない、あるいは適切でない部分があるのではないか。米国は各国、各民族、あるいは宗教の多様性をより尊重する形で、今までのテロ対策を見直していく必要があるのではないか。

アフガン攻撃の開始は、米国へのテロのリスクを取り除くという米国の利害に基づく行動、という色彩が強かった。他方、アフガンからの米軍の撤退も、米国の利益に基づくやや身勝手な決定、という性格が強いように見える。他の先進各国からの批判を浴びつつも、米国がアフガンからの軍撤退を急いだ背景には、第1には、米国民の厭戦機運がある。そして第2には、軍事力をアフガンあるいは中東地域から、中国への対抗を意識してアジア地域にシフトさせるという、米国の戦略の変更がある。

原油産出の中心地である中東地域の重要性は、米国にとっては低下してきている面がある。過去20年間を振り返ると、それに大きく影響した出来事は、米国でのシェール革命である。米国は近年、原油・石油製品の輸入国から、純輸出国へと転じている。中東地域の安定に深く関与し、軍事力を活用しつつ原油を確保する必要性は、低下してきているのである。

さらに、世界的に気候変動リスクへの対応が強まる中、原油など化石燃料のニーズはこの先大きく低下していく見通しである。この点も、米国にとっての中東地域の重要性を低下させ、軍事力を削減していく誘因となっていよう。

米国の脅威はテロから中国へ

他方、米国がテロとの闘いを進めてきたこの20年間で、米国にとっての大きな脅威は、テロから中国へとその比重を移していると言える。それは経済面での脅威であるとともに、それと密接にかかわる軍事面での脅威でもある。

同時多発テロ事件が起きた20年前の2001年には、世界のGDP(名目ドル表示)に占める米国の比率は31.4%、それに対して中国は僅か4.0%と8分の1程度だった(IMF:国際通貨基金)。それが、今年2021年では米国は24.2%、中国は17.7%と拮抗している(IMF見通し)。2020年代の終わりには、中国のGDPが米国のGDPを上回る見通しだ(図表)。

中国経済がその存在感を強めるきっかけとなったのは、2001年、同時多発テロ事件の直後に正式決定された、世界貿易機関(WTO)への加盟である。米国政府は、中国のWTO加盟を通じて、中国を先進国の貿易・経済ルールに従わせるとともに、中国経済を先進国経済に取り込んでいこうとした。それだけでなく、中国という異質の政治、経済システムを持つ国を、先進国の民主主義、資本主義の制度へと変容させていく、WTO加盟がそのきっかけになることを米国政府は強く期待したのである。

中国はWTO加盟を足掛かりに先進国市場を取り込み、それを成長の原動力とした。しかし一方で、国家が経済活動を強く統制する中国の国家資本主義制度の変更に繋がる可能性がある、国有企業政策、巨額の補助金制度などでは、WTOのルールを受け入れない面もあった。そこで国家の強い関与を通じて、中国は不当に国際競争力を高め、先進国市場を席巻している、と米国は考えるようになっていったのである。他方で、中国の政治体制には全く変更が生じなかった。

この点に業を煮やしたトランプ大統領は、中国にWTO加盟を認めたのは誤りだったとして、中国製品に対する追加関税の導入を通じて、中国の対米貿易黒字の縮小と中国の貿易慣行の変更を迫った。しかし、中国は、体制の変更に繋がるような、国有企業政策、補助金制度の見直しには一切応じなかった。

(図表)世界のGDPに占める各国・地域の構成比

米中デカップリングは米国にも大きな打撃に

バイデン政権になってからは、半導体などを中心に、米国のサプライチェーンから中国を外し、いわゆるデカップリングを進めている。他方、習近平国家主席は、米国への対抗を意識し、より企業に対する国の統制を強める政策を足もとで加速させている。また国民への思想統制の様相さえ呈し始めている。米国が圧力を掛ければ掛けるほど、中国は先進国とは逆の方向に経済制度を修正しようとするようにも見える(コラム、「中国『共同富裕』の理念の下での企業・国民への統制強化と経済リスク」、2021年9月3日)。

先進国市場から徐々に追い出されていくなかでは、中国は一帯一路加盟国をベースに、独自の経済圏を形作っていく方向に進みやすい。そこでは、WTOとは異なる独自の貿易ルールが採用されていくのではないか。その過程で、米国を含む先進国は、中国以外の新興国市場も徐々に失っていくことになり、大きな打撃を受ける。さらに中国は来年発行が見込まれるデジタル人民元を起爆剤にして、米国の通貨・金融覇権に挑戦して、人民元通貨圏の拡大を進める可能性があるだろう。それは、ドルの相対的地位の低下をもたらし、ドルの大幅下落を生じさせる可能性もある。それは、米国、先進国経済、金融を不安定にするものだ。

テロとの闘い、中東政策の経験とも共通しているが、米国は自国あるいは先進国の制度、ルールをそのまま他国に押し付けようとするのではなく、中国、あるいは新興国に対してその独自性を尊重する姿勢で臨む必要があるだろう。そうでないと、米国は中国政策においても中東政策と同じような失敗をしてしまう可能性があるのではないか。

 

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