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自民党総裁選の経済政策議論:経済の潜在力向上が最大の課題

2021/09/13

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アベノミクス継承か否かは大きな争点とならない

9月29日に投開票となる自民党総裁選に、現時点では岸田元政調会長、高市元総務大臣、河野行政改革大臣の3氏が正式に出馬を表明している。経済政策を巡る議論も、次第に活発になってきた。

1年前の自民党総裁選では、経済政策についてはアベノミクスを継承するか否かが大きな争点であった。結果的に、アベノミクスを含む安倍政権の政策全般の継承者を自認する菅首相が、新総裁に選出された。

今回は、アベノミクスを継承するか否かは大きな争点とはならないだろう。高市氏は、「3本の矢」を示し、アベノミクス継承を明確に掲げている。岸田氏はそうではないが、やはり「3本の柱」を掲げており、アベノミクス支持の姿勢を滲ませている。しかし、アベノミクス支持を明確に掲げている訳ではない。河野行政改革大臣はアベノミクスとやや距離を置く発言をしているが、反アベノミクスを強調している訳ではない。

ただし、現段階で各氏が打ち出す政策は、総選挙を有利に展開するための戦略の性格を強く帯びており、必ずしも各氏の本来の考え方、信条を反映していない可能性がある。例えば岸田氏は、同氏の従来の政策方針に比べて、より左派的(リベラル的)な政策を示している。従って、それらから、新政権の政策を推察することにはリスクがある点には留意しておきたい。

誰が自民党新総裁、そして首相に選出されても、年末に大規模な経済対策を打ち出すところまでは同じようだ。ただし、来年以降は、総裁選の時の主張に強く制約されず、軌道修正を図る可能性もある。

岸田氏は格差問題に強く焦点を当てる

岸田氏は、その経済政策を「新しい日本型資本主義~新自由主義からの転換~」と銘打っている。「規制緩和、構造改革の新自由主義的政策は、富める者と富まざる者の分断を発生」とし、分配政策を通じた格差縮小を重視する、弱者支援の左派色の強い政策方針を掲げている。また岸田氏は、小泉改革以降の新自由主義的な政策を転換させる、とも発言している。「小泉改革は格差を拡大させた」という従来の野党の批判を受け入れたような印象である。

アベノミクスの「3本の矢」を意識して、大胆な金融政策、機動的な財政政策、成長戦略の「3本柱」を堅持する、としている。これはアベノミクスの継承を示しているようだが、3本目から「構造改革」という言葉を外している点は見逃せない。岸田氏は、構造改革は新自由主義的政策であり、それは格差を拡大させてしまう望ましくない政策、と整理しているためだ。

岸田氏は実は構造改革論者?

しかし、構造改革という言葉の意味は、実際にはかなり曖昧だ。経済の構造変化を促す政策は、すべて構造改革と言って良いだろう。その中で、格差拡大を助長する可能性があるのは、主に市場の競争条件を高める競争政策、規制改革だ。菅首相が力を入れていた携帯の通信費引き下げなどは、まさに競争政策である。

他方で、日本の先端技術を支援し、国際化を高め、生産性を向上させる政策は、すべての国民に幅広くその恩恵が及ぶ。デジタル化の推進支援なども、経済効率を高める。こうした経済政策も、通常は構造改革に含まれる。

そこで岸田氏の構想をチェックしてみると、科学技術&イノベーションを促すための10兆円ファンドの創設、半導体、AI、量子、バイオ等先端科学技術での研究開発税制・投資減税の強化、デジタル円をはじめ金融分野におけるデジタル化推進、新たなクリーン・エネルギーへの投資支援、5Gなど地方におけるデジタル・インフラの整備(デジタル田園都市国家構想)、東京一極集中の是正など、通常構造改革と考えられる具体的な施策を実に多く盛り込んでいる。

岸田氏は、格差縮小をアピールするために、構造改革に対して否定的なイメージを示したが、世間一般で言われる構造改革にはかなり前向きで、実は隠れ「構造改革論者」という側面を持つと言えるのではないか。

岸田氏の財政健全化路線は継続か

岸田氏は、昨年9月の総裁選で打ち出した政策綱領で「財政健全化」を経済政策の3つの柱の一つに掲げていた。それと比べると、今回の選挙では財政拡張的な発言が目立っている。政策綱領には「コロナ禍への万全な対応のため、財政を積極活用」としている。

ただしこれは、総裁選や衆院選に向けた戦略である可能性も考えられる。また、財政の積極活用も、コロナ禍への対応という比較的短期の視点に基づくもののようだ。他方で政策綱領には、「経済の正常化を目指しつつ財政健全化の旗を堅持」と謡っており、引き続き財政健全論者の片鱗をうかがわせている。この点で、少なくとも、次に見る高市氏の財政政策姿勢とは大きな違いがある。

一方、岸田氏は、「所得倍増」を掲げている。これは、宏池会(岸田派)の創設者で元首相の池田勇人氏が1960年代に掲げた「所得倍増計画」を参考にしたものだ。しかし、当時と現在とでは経済の成長力に格段の差がある。コロナショック前まで10年間の名目GDP成長率の平均値は+1.2%に過ぎない。個人の名目所得の増加ペースもこれに近い。このペースの成長が続く場合、名目GDP、そして国民所得が2倍になるには約60年かかる計算だ。仮に政策によって年平均成長率が2倍の+2.4%になるとしても、約30年かかる。「所得倍増」は目標としては意味をなさないだろう。

サナエノミクスとは何か

他方で高市氏は、経済政策でアベノミクスの継承をより強く打ち出している。記者会見では、自らの経済政策の柱を①金融緩和、②緊急時の機動的な財政出動、③大胆な危機管理投資・成長投資とし、それを「サナエノミクスの3本の矢」と表現した。アベノミクスの「3本の矢」と比べると、3本目の矢をオリジナルなものに修正している。「設備投資を促す構造改革」に替えて「大胆な危機管理投資・成長投資」としたのである。両者には大きな違いがある。

アベノミクスでは、構造改革を通じて経済の生産性を向上させ、それが成長期待の上昇を通じて民間設備投資を促す、それがまた生産性向上を促す、という形での好循環を狙った。

他方、高市氏が3本目の矢で掲げる投資は公的投資が中心であるように思える。高市氏は記者会見で、自然災害や気候変動に対応するため10年間で100兆円規模を集中的に投資する、とも強調している。同氏は以前から自然災害への対応や公共インフラの老朽化への対策のために公共投資の拡大の必要性を強く主張してきた。他方で、経済の効率、生産性を高めることにつながる民間投資の拡大の重要性はあまり高く見ていないように見える。

明らかな財政拡張路線

このように構造改革志向が必ずしも強くないように見える高市氏でも、その政策綱領で、最先端のイノベーションと人材力の強化による「付加価値生産性の向上」に努める、5Gや光ファイバの全国展開、中小企業のデジタル化やRPA・自動化ロボット導入支援の強化、などを謳っている。

他方、高市氏の財政政策は、明らかにバラマキ的な拡張路線である。財政規律は重視されていない。政府と日銀が掲げる2%の物価安定目標を達成するまで、国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化目標を凍結する、と主張している。2%の物価安定目標を達成するのはほぼ不可能と考えられる中、この施策は財政規律を著しく低下させてしまうことになるだろう。

構造改革的な政策を掲げる河野氏

河野氏は「日本を前に進める。」をキャッチフレーズに掲げ、「河野太郎」5つの主張と政策を示している。その5つとは、①命と暮らしを守る政治、②変化の時代の成長戦略、③新しい時代のセーフティネット、④国を守り、世界をリードする外交、安全保障、⑤新しい時代のくにのかたち、である。

外交、安全保障では、防衛力の整備・強化を行う、自衛隊の防衛能力を向上させる、独裁体制・監視社会の広がりを防ぐ、憲法改正を進める、などの政策を掲げており、保守的、右寄りの印象が強い。特に中国への対抗を意識するものである点に注目したい。

他方、経済政策については、5つの主張と政策の中で、左派的なセーフティネット策よりも、保守的な成長戦略を先に示している点から、保守性(右寄り)が感じられる。成長戦略の中で示した、デジタル、グリーンをイノベーションの核として日本の稼ぐ力を伸ばす、イノベーションを担う人材と資金の好循環を作る、などは構造改革的な政策だ。

記者会見でも、全国でテレワークできる5Gネットワークの構築、省庁を地方移転と東京一極集中是正を通じた地方経済活性化にも言及した。これらは、構造改革的な政策である。

河野氏は金融緩和の出口を容認か

記者会見で河野氏は、「アベノミクスは賃金まで波及してこなかった」として、アベノミクスの修正の必要性を示唆した点が注目される。この点、他の2人の候補とはスタンスが異なる。

当面の財政政策については、額には言及しなかったが、GDPギャップを埋める形での追加財政出動の必要性を示した。ただし、「平時の改革、有事の財政」として、当面は国債を財源とする財政出動が必要とする一方、中長期的には健全化の姿勢を滲ませた。

さらに金融市場の観点から非常に注目されたのは、日銀の政策に言及したことだ。日銀の2%の目標については、「達成はかなり難しい」とした。そもそも、物価上昇率は経済活動の結果として生まれるものであるとし、高い物価上昇率目標の達成を強く目指す政策姿勢の妥当性に疑問を呈するニュアンスが感じられた。そして、「日銀は市場との対話をしっかりとすすめるべき」として、正常化を容認するようなニュアンスも示している。

3氏の政策スタンスを比較

3人の候補者を簡単にタイプ分けすると、外交・安全保障では高市氏が最も右寄りで、河野氏はそれと比べるとマイルドな右寄り、岸田氏は左寄り、となるだろう。

経済政策については、財政政策に注目すれば、高市氏がバラマキ的で最も左寄り、岸田氏がやや左寄り、河野氏は中立的、と整理できるのではないか。金融政策については、やはり高市氏が最も積極緩和を支持する左寄り、岸田氏は中立、河野氏は正常化を容認する右寄り、と現時点では大まかに考えることができるのではないか。そして、経済効率、生産性上昇率を高めるという意味での構造改革については、河野氏と岸田氏が積極派の右寄り、高市氏はやや積極性を欠く中立、ではないか。

コロナ対策と一体的に構造改革推進を

筆者は、日本経済が掲げる最大の問題は、生産性上昇率、潜在成長率が趨勢的に低下してきていることにあると考えている。安倍政権の経済政策は、金融、財政に過度に依存した点が大きな問題だ。それらは日本経済の構造を良い方向に変えることはなく、一時的な需要創出効果しか発揮しない。他方で、金融市場の安定を損ねるという副作用が大きいのである。また財政悪化は、経済の潜在力をむしろ低下させてしまう。

他方で、安倍政権のもとでは、生産性上昇率、潜在成長率の上昇につながる構造改革は十分に進まなかった。実際、生産性上昇率、潜在成長率は低下基調を辿った。菅政権は、安倍政権が十分に進められなかった構造改革を、ピンポイントで進めようとしたが、コロナ対策に忙殺され上手くいかなかった。

新政権は、金融市場の安定により配慮する観点からも金融・財政政策に過度に依存しない政策姿勢をとることを期待したい。他方で、安倍政権、菅政権が積み残した課題である、構造改革を強く推進して欲しい。その際に重要なのは、コロナ問題という逆風を活かし、コロナ対策と一体的に構造改革を進めていくことだ(コラム「自民党総裁選と次期政権の経済政策への期待」、2021年9月6日)。

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