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自民党総裁選候補者4氏の経済政策評価

2021/09/21

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自民党総裁選に向けた4氏の論戦が本格化

9月17日の自民党総裁選告示で、河野氏、岸田氏、高市氏、野田氏の4人の候補が出揃った。9月29日の投開票に向けて、いよいよ論戦が活発になってきた(コラム「自民党総裁選と次期政権の経済政策への期待」、2021年9月6日、「自民党総裁選の経済政策議論:経済の潜在力向上が最大の課題」、2021年9月13日)。

最大の争点はコロナ対策である。ただし、コロナ対策については、理念を巡る論争は生じにくく、議論は個別具体策に終始している感がある。

外交・安全保障については、各氏のスタンスの違いは明確にみられる。左から右に、野田氏、岸田氏、河野氏、高市氏の順番である。ただし、電磁波などを使った敵基地への先制攻撃を支持する高市氏に河野氏が強く反発する以外は、あまり大きな論戦は今のところは見られていない。

エネルギー政策については、原発の考え方が議論の焦点となっている。今まで脱原発を掲げてきた河野氏が、安全性を確認した原発の再稼働を進める考えを示したことは軌道修正ではないか、という点が主に岸田氏から問題提起されている。河野氏と岸田氏は原発再稼働、高市氏は新設を主張、野田氏は電力の安定供給最優先の現実的な対応を強調している。核燃料サイクルについては、岸田氏と高市氏が推進派、河野氏が否定派という構図である。

社会保障制度については、河野氏が示している基礎年金を100%財政資金で賄うという提案が論点となっている。河野氏が問題視しているのは、基礎年金の支給が保険料で半分賄われている現状の制度の下では、低所得者が基礎年金を支払わない場合、受給資格を失ってしまうことだ。これを受けて、基礎年金の100%財政資金化の際の財源が議論されている。岸田氏は大幅な消費税率引き上げにつながることへの懸念を表明している。

財政・金融政策の正常化は大きな争点とはならず

安倍前政権の下での経済政策は、第1の矢である金融緩和、第2の矢である財政出動に過度に依存したものであった点が大いに問題だ。それは、金融市場の安定を損ね、また経済の潜在力を低下する可能性もあるからだ。財政・金融政策の正常化を進めつつ、第3の矢である構造改革、成長戦略をさらに進め、経済の潜在力向上を図ることが、次期政権の経済政策での最大の課題であると筆者は考えている。

筆者の見間違いでなければ、野田氏が出馬を表明した16日に、同氏はホームページで「財政、金融政策の正常化」を掲げていた。しかし、直後にこれは削除されたとみられる。こうした主張が総裁選挙に不利に働くことを警戒したのかもしれないが、残念なことである。

ただし、それが同氏の本来の主張なのであれば、総裁、首相に選出された場合に、財政・金融政策の正常化に最も積極的なのは野田氏と考えられる。実際同氏は2018年に、「一家で言えば、お父さんの給料が20万円なのに30万円を使い、借金がドンドン増えるなか、お金を借りて埋め合わせる。こんなこと一般家庭で許されない。一般家庭の集合体の国家であれば当たり前なことだ」、「財政再建は当たり前のことだったが、異次元の金融緩和を続けるためにないがしろにされている」と述べ、過度な金融緩和が財政の規律を緩め、財政健全化の妨げになっている、との主旨の発言をしている。これは正論だろう。

中期的な財政健全化の必要性については、高市氏以外の3氏は認めているとみられる。高市氏は2%の物価目標達成まではプライマリーバランスの黒字化目標は一時停止する、と主張している。これは、2%の物価目標の達成が見えない中では、財政健全化目標を放棄するに等しく、問題である。

補正予算は4氏とも支持

今年度補正予算については、4氏ともに支持する姿勢だ。規模感を明示しているのは岸田氏のみで、数十兆円規模としている。しかし、その中身については明確ではなく、コロナ関連の規制策とそれに伴う補償としている。河野氏は22兆円の需給ギャップの存在を問題視していると繰り返し述べていることから、それを意識した補正予算の規模感を想定しているとの見方もある。しかし河野氏は、規模ありきではなく、5Gネットワーク、グリーンへの投資に力を入れる必要があると説明している。

ちなみに、需給ギャップをベースに経済対策の規模を決めるとの考えは、非常に危険である。第1に需給ギャップの推計は正確なものではない。第2に景気循環のもとでは需給ギャップは必ず変動するものであり、それを随時政策的に解消させるとの考えは正しくない。それならば、需給ギャップがプラスの際には、財政緊縮策によってそれを解消しなければならなくなるが、そうした主張は聞いたことがない。第3に、経済対策の規模は需給ギャップに影響する付加価値の増加額とは一致しない。

昨年度予算で計上したコロナ関連予算のうち、30兆円超が年度内に執行できず、今年度予算に繰り越されている。まずは、その執行を迅速に行うことこそが、最優先の経済政策だろう。そのうえで、不要な予算を減額補正し、必要な追加策を新たに加える形での補正予算編成が望ましい。

その中核はコロナ関連での企業、個人への支援であるべきで、景気対策の優先度は低いだろう。その結果、大規模な補正予算編成は必要ではないとみられる。いたずらに予算を積み上げ、財政環境を一段と悪化させるような政策は是非とも避けて欲しいところだ。

所得再分配政策が大きな争点に

経済政策重視の姿勢は、岸田氏が最も積極的であると言えるかもしれない。同氏は、日本型資本主義を目指すとし、また「成長と分配の好循環」を掲げている。分厚い中間層、令和版所得倍増計画も示している。

これらの政策の詳細については必ずしも明らかではないが、その中核は、所得再配分を通じた格差縮小政策なのだろう。岸田氏は、小泉政権以降の新自由主義的な政策が、格差を拡大させたと主張している。しかしこれはかつての野党・民主党の意見を受け入れたようにも見える。弱者支援的な左派(リベラル)色の強さは、他の3氏にも共通しているところだ。

他方で、河野氏も別の観点から所得再配分を主張する。アベノミクスの果実は企業までで、労働者にまで波及してこなかった点を問題視する。そこで、労働分配率を引き上げた企業には、法人税を減額すると主張している。

岸田氏が個人間での所得再配分を重視するのに対して、河野氏は、企業と労働者の間の所得再配分を重視する。しかし、安倍政権下の政策姿勢も実はこれと同様だった。安倍政権は春闘への介入や最低賃金の引き上げを通じて、労働分配率の引き上げを図ったのである。また、賃上げを進める企業には税優遇措置を与えた。しかし、それは所期の効果を上げたとは言えなかった。河野氏はこうした過去の政策の評価を踏まえて、政策提言を行う必要があるだろう。

ところで、コロナ対策と一体化した所得再配分政策は必要ではないかと思う。コロナショックでは、打撃を受けた企業と恩恵を受けた企業、収入が減った労働者と収入が増えた労働者の格差が大きく広がった。これが通常の景気後退期とは異なる点だ。余裕のある企業、個人から、コロナショックで大きな打撃を受けた企業、個人へと所得を再配分する政策は、喫緊の課題である。これは、コロナ対策の財源確保の問題と深く関わる。

しかし短期のコロナ関連以外では、所得再配分の政策の優先順位は高くないのではないか。新政権が最も重視すべきなのは、成長のパイの分け方を変えるよりも、パイを増やすことだ。それには、生産性向上、潜在成長率向上を図る成長戦略、構造改革が必要だ。

期待される成長戦略、構造改革

成長戦略、構造改革では、候補者の4氏ともに積極姿勢が見られる。最も積極的なのは河野氏ではないか。5Gネットワーク、商店街、地域ごとのデジタル化の後押し、そして、リモートワークの推進と一体的に東京の一極集中是正を主張する。この点は大いに評価できる。

また岸田氏も、新たなイノベーションを生み出すスタートアップの育成を主張している。さらに、科学技術&イノベーションを促すための10兆円ファンドの創設、半導体、AI、量子、バイオ等先端科学技術での研究開発税制・投資減税の強化、デジタル円をはじめ金融分野におけるデジタル化推進、新たなクリーン・エネルギーへの投資支援、5Gなど地方におけるデジタル・インフラの整備(デジタル田園都市国家構想)、東京一極集中の是正など、通常構造改革と考えられる具体的な施策を多く盛り込んでいる。

財政政策重視の高市氏も、国産の量子コンピュータ開発、5Gや光ファイバの全国展開、中小企業のデジタル化やRPA・自動化ロボット導入支援の強化、などを掲げている。

野田氏は、グリーンリカバリーと称して、地熱発電の推進、洋上風力、水素ステーション、EVステーション、海底交流ケーブルの整備などを掲げている。さたに野田氏は、「こどもまんなか」政策を掲げており、出生率の引き上げを通じた潜在成長率の引き上げを志向しているように見える。それを推進するのが同氏が提唱する「こどもまんなか庁」との位置づけだろう。出生率の引き上げは、重要な成長戦略である。今後は、その具体策を示して欲しい。

日本銀行の政策の自由度は高まる方向に

既に述べたように、本音では金融政策の正常化を最も重視しているのは野田氏だろう。しかし、現在のところ、その主張は控えている。金融政策について明確に言及しているのは河野氏と高市氏だ。河野氏は「当面は、金融政策は現状維持」としながらも、「日本銀行は金融市場との対話をしっかりとすすめるべき」として、正常化を容認するようなニュアンスも示している。

2%の物価目標の達成を重視する高市氏は、4氏の中では最も金融政策の正常化に慎重だろう。また同氏は、日銀が物価安定のみならず雇用の拡大も使命に加えることを主張している。米連邦準備制度理事会(FRB)の二重使命(デュアル・マンデート)に倣ったもので、以前からある議論だ。同氏が積極金融緩和を支持していることは明らかだ。

しかし、もはや安倍政権の初期ほどに、政権が金融政策を重視し、日本銀行に強い影響力を持つことはないはずだ。誰が次期首相になっても、日本銀行の政策の自由度は次第に高まっていく方向と考えたい。次の大きな注目は、内閣による2023年4月の次期日銀総裁の指名である(コラム「自民党総裁選と次期政権の経済政策への期待」、2021年9月6日)。

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