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日銀イールドカーブ・コントロール導入5年の総括

2021/09/22

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事実上の正常化策の起点は5年前のイールドカーブ・コントロール導入

9月21日・22日に開かれた金融政策決定会合で、日本銀行は事前予想通りに政策変更を見送った。他方、前回会合で骨子素案を示した気候変動対応オペ(グリーンオペ)の詳細を全会一致で決定した。

米連邦準備制度理事会(FRB)が年内にテーパリング(資産買い入れの段階的縮小)の開始を決める可能性が高く、また欧州中央銀行(ECB)もPEPP(パンデミック緊急買入れプログラム)のテーパリングを、12月の政策理事会で決める可能性が十分にある。このように、欧米の中央銀行が金融政策の正常化を進める中、日本銀行は今後も現状維持を続ける可能性が高い。これは、新政権が発足しても変わらない。日本銀行が正式な形での正常化を模索し始めるのは、2023年4月に黒田総裁の任期が終了し、新体制に移行してからだろう。

ただし、正常化と正式に表明しない形の「事実上の正常化」は、今までもかなり進められてきた。その起点となったのは、ちょうど5年前の2016年9月に導入されたイールドカーブ・コントロール(YCC)だ。

その際に、日本銀行は新たな政策の枠組みの名称を、「マイナス金利付き量的・質的緩和」から「長短金利操作付き量的・質的緩和」へと変更した。名前から「マイナス金利」を外すことを、日本銀行は狙っていたと思われる。ところが起死回生策として2016年2月に導入したマイナス金利政策は、裏目に出てしまった。金融市場は予想外に悪い反応をし、銀行からは強い批判を受けた。また国民の間でも不評だった。

長短金利操作付き量的・質的緩和は、マイナス金利政策によって日本銀行が受けた逆風を和らげる、一種のダメージコントロール、というのがその本質だったと言えるだろう。

イールドカーブ・コントロール導入の隠された狙い

長短金利操作付き量的・質的緩和の柱であるイールドカーブ・コントロール導入の狙いは、大きく2つあったと考えられる。第1は、マイナス金利導入後に長期・超長期金利が大幅に低下したことから、金利を安定化させることを目指したことだ。長期・超長期金利が大幅に低下すると、年金や生命保険の運用利回りが低下し、それが将来の年金や保険支払いの減少につながるとの見方が国民の間に広がり、個人消費に悪影響を及ぼす可能性があった。そこで、10年国債の金利に0%の目標値を設定し、長期・長期金利の安定を図ったのである。ちなみに0%は、当時国債市場で付いていた金利の水準を追認したものだ。従って、この政策は追加緩和策とは言えない。

もう一つの狙いは、長期国債の買入れを抑えることだ。長期国債の大量の買入れを進めると、国債の流動性低下などから市場が大きく混乱するリスクが高まる一方、将来の日本銀行の財務の悪化のリスクを高める。しかし、長期国債の買入れ目標を削減すると、それは金融緩和の後退、正常化策となってしまう。そこで、「80兆円のめど」は残しつつも明確な目標値を外したうえで買入れ額を減らし、さらにそれは、「買入れオペの結果であって、政策的に減少させたのとは違う」との説明をした。政策目標を「量」から「金利」に事実上戻すことで、そうした操作が可能となったのである。

2%の物価安定目標の達成を目指した「攻め」の政策は、マイナス金利政策までであった。そこで大きく躓いた日本銀行は、「長短金利操作付き量的・質的緩和」を導入することで、長期にわたる異例の金融緩和の副作用を軽減する、正式ではない事実上の正常化策に転じたと解釈できる。それ以降の政策は、今に至るまで「守り」の性格が強い。

イールドカーブ・コントロールの先駆者はFRB

長期国債の金利に目標を設定する日本銀行のイールドカーブ・コントロールは、異例の政策である。それには先駆者がいる。FRBは第2次世界大戦を挟んだ1942年から1951年にかけて、短期から長期にわたる金利に幅広く目標を持つイールドカーブ・ターゲティング政策を採用した。ただしこの間、明確な目標(上限)を示しながら長期金利のコントロールが行われたのは、1947年終わりから1948年12月までのわずか1年間に過ぎなかった。また、イールドカーブ・コントロールはFRBにとって、その独立性が財務省による介入を受けて揺らいでしまった苦い経験でもあった。

そうした経緯もあり、FRBは再びイールドカーブ・コントロールを導入していない。FRBが特に問題視しているのは、何らかの理由で長期金利に強い上昇圧力がかかれば、目標値を維持するために大量の国債を買入れることを強いられ、それが制御不能となってしまうリスクがあることだ。

国債市場の流動性低下という弊害

イールドカーブ・コントロール導入から5年が経過しても、日本銀行は制御不能になるほど大量の国債買入れを強いられる事態に直面したことはまだない。しかしそれはこの間に、海外の長期金利の急騰など、日本の長期金利に大きな上昇圧力がかかるようなイベントが、幸いにも起こっていないためだ。これから先は分からない。

他方、日本銀行が直面したイールドカーブ・コントロールの弊害は、国債市場の流動性低下だ。コントロールが上手くいくほど、国債の価格、金利の変動は小さくなる。これは、証券会社や銀行などの国債取引を通じた収益獲得の機会を減らしてしまう。さらに、そのもとでは国債取引量が減っていく。取引量が低下したもとで市場を動かす出来事が起これば、金利、価格は大きく変動する混乱が生じやすくなる。

そうした弊害を減らすために日本銀行は、当初は目標値の0%から上下±0.1%程度としていた10年国債金利の許容変動幅を、2018年7月には±0.2%程度へと拡大し、さらに2021年の「金融緩和の点検」を受けて、上下±0.25%程度にまで拡大した。こうして、イールドカーブ・コントロールは、次第に緩い金利のコントロールの政策へと修正されていったのである。

イールドカーブ・コントロールの致命的欠陥

ところで、イールドカーブ・コントロールには致命的な欠陥がある。例えば、米国の成長が鈍化する中で、米国の長期金利が低下するケースを考えてみよう。その際には、米国経済の成長鈍化の悪影響が日本経済に及ぶことに加えて、金利差縮小で円高が進み、それも日本経済には悪影響を与える。本来であれば、日本銀行は金融緩和の強化を求められる局面だ。

ところが、米国の長期金利の低下によって、日本の10年国債金利が目標値を大きく下回れば、日本銀行は金利の低下を食い止めまた押し上げるために、国債の買入れを減少させなくてはならなくなる。これは、金融緩和の後退、あるいは金融引き締め策である。その影響で、日本経済はもっと悪化するとの観測が国債市場に広がると、長期金利がさらに低下してしまう。そして日本銀行はさらに国債の買入れの減少を求められるのである。逆に米国で成長が加速する局面では、日本銀行は金融緩和を強化することを求められる。

本来必要な金融政策とは全く逆の政策を強いられてしまうというのが、イールドカーブ・コントロールが抱える致命的な構造問題である。この先、それが表面化するリスクは十分に残されている。

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