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恒大問題の世界のリスクは金融危機よりも中国経済の減速

2021/09/22

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恒大集団の経営危機は中国政府の企業規制強化策の試金石に

中国の大手不動産会社の恒大集団(エバーグランデ・グループ)の経営危機がもたらす混乱は、世界の金融市場に大きく及んでいる。同社は中国全土で不動産開発に相次ぎ着手しており、完成する何年も前から物件を事前に販売してきた。債務を急拡大させ、その利払いを履行できるだけの運転資金をなんとか確保するという自転車操業的状況にあった。今や過剰な債務を抱え、デフォルト(債務不履行)の状態に近づいている。

もともとは同社の過剰にリスクをとる経営手法に問題があったが、突如経営が行き詰まる直接のきっかけとなったのは、習近平政権による民間企業への規制強化だ。今回の混乱とそれに対する政府の対応の巧拙は、規制強化を今後も断行していけるかどうかの試金石となっている。

習近平政権は格差を縮小し平等な社会を作るという「共同富裕(ともに豊かになる)」の実現を掲げ、富の配分を強化するという方針を示している(コラム「中国『共同富裕』の理念の下での企業・国民への統制強化と経済リスク」、2021年9月3日)。そのもとで、大きな収益を上げる民間企業や富裕者層は、「3次分配」と呼ばれる寄付を強いられている。

昨年来、習近平政権は民間企業に対する規制強化を加速させてきた(コラム「中国規制・統制強化の5か年計画と中国投資プレミアム」、2021年8月19日)。決済アプリのアリペイを提供するアント・グループ、それを傘下に持つEC大手のアリババグループなど、IT企業に対する規制強化を強めた後、先日は学習塾など民間教育業に対して強い規制を講じた。これも、「共同富裕」の理念と関わる。そうした産業が激しい学歴競争と格差社会を助長し、また教育費の増加を通じて庶民の生活を圧迫している、あるいは子供を持つことを妨げ出生率の低下にもつながっているとの説明である。

そして、規制強化の対象には不動産業も含まれている。不動産業が投機を煽り、住宅価格が高騰した結果、庶民の生活は圧迫され、また負担面から子供を持つ意欲が削がれていることへの対応である。

政府は不動産開発業者への規制を強化

中国当局は昨年、不動産開発業者を対象に回避すべきレバレッジ比率を定めた新たな規制、「三道紅線(3本のレッドライン)」を導入した。恒大集団はそのすべてに抵触しており、新たな借り入れを封じられたことが、現在の経営危機につながっている。

この新規制には、住宅ローンと不動産業者向け融資を銀行の総融資残高の40%までに抑制することや、恒大集団のような開発業者に対して、新規借り入れの条件として既存債務の返済を義務付けることが含まれた。そこには、リスクの高い経営で高い収益を上げる不動産開発業者の活動を抑えるとともに、住宅価格の上昇を抑制する狙いがあった。ともに、「共同富裕」の理念と深く関わるものだ。8月の住宅販売は、金額ベースで前年同月比19.7%減少しており、政府の規制には相応の効果があったことがうかがえる。

政府主導での債務リストラへ

こうした規制強化の影響を最も強く受けたのが恒大集団である。中国経済メディア(財新)によると、恒大集団が中国全土で手掛ける開発案件の半分以上は凍結された。直近の決算報告によると、同社は6月末時点で890億ドルの債務を抱えており、このうち約42%は1年以内に支払期限を迎える。同社が事実上のデフォルトに陥ることは避けられないように思える。しかし、政府の強い関与の下で債務リストラの交渉が進められることで、内外の金融市場に致命的な打撃を与えることはないのではないか。

国有銀行など恒大集団の主要国内債権者の大半は政府系であることから、大きな金融面での混乱を避けながら、政府が債務リストラの交渉を進めることは可能だ。おそらく、国有銀行に損失を負わせる形で、政府は秩序だった処理を進めるだろう。

企業への統制強化は続く

他方、恒大集団の経営危機は、政府が主導する企業の統制強化の結果で生じた側面が強い。仮に政府が安易に恒大集団を救済すれば、「共同富裕」の理念の下で進めてきている企業の統制強化が誤り、あるいは失敗だったと認めることになってしまうことから、その可能性は低いだろう。

しかし一方で、大きな混乱を政府が黙認する可能性も低い。例えば、恒大集団が保有する土地を一斉に売却すれば、地価が大幅に下落し、土地の保有者の資産が大きく目減りしてしまう。また、土地の売却収入に依存する地方政府の財政にも大きな打撃を与えてしまう。そのため、そうした事態の回避に政府は動くだろう。恒大集団の資産や業務は、他の不動産開発業者に引き継がれるような処理がなされるのではないか。

また、恒大集団に住宅購入費を支払ったうえで、住宅を入手できなくなった個人に対しては、政府は迅速な救済策を講じる可能性が高い。

中国の不動産市況、住宅販売などに大きな打撃か

債務リストラ交渉の中で最も注目されるのは、恒大集団が発行したドル建て債の扱いだ。外国人投資家に大きなヘアカットを求める場合には、海外から見た中国投資のリスク、いわゆる「チャイナリスク」を一段と高めることになる。中国政府による企業の統制強化によって中国企業の株価は大きく下落し、海外投資家に大きな損失をもたらしている。ドル建て債を巡る債務リストラは、企業の統制強化の過程で海外投資家、海外からの資金流入に中国政府がどの程度配慮するかを占う試金石になるだろう。実際には、相応のヘアカットを海外投資家に求めるのではないか。

恒大集団の経営危機への対応は、政府のグリップがかなり強く利くことから、中国国内の深刻な金融危機につながるリスクは低く、ましてやリーマンショックのようなグローバルな金融危機につながる可能性は低いだろう。

ただし、今回の問題が中国の不動産市況、住宅販売などに大きな打撃をもたらす可能性は高く、それは来年にかけての中国経済を減速させる可能性が十分に考えられるところだ。この経路を通じて、世界経済、世界の金融市場に相応の影響を及ぼすリスクには十分に配慮すべきだろう。

(参考資料)
"How Beijing’s Debt Clampdown Shook the Foundation of a Real-Estate Colossus", Wall Street Journal, September 21, 2021
"Pop Goes the Chinese Property Bubble?", Wall Street Journal, September 17, 2021
"China’s Property Curbs Send Economic Tremors", Wall Street Journal, September 16, 2021
"Evergrande’s Cash Problem Is Now Beijing’s Political Problem", Wall Street Journal, September 15, 2021
"What China Must Do to Contain Evergrande Fallout", Wall Street Journal, September 22, 2021
"China’s Regulatory Storm Risks Triggering Wider Economic Damage", Wall Street Journal, September 22, 2021

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