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岸田政権の発足と期待される経済政策

2021/09/29

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経済政策で安倍カラーは薄れていく

9月29日の自民党総裁選で岸田文雄氏が決選投票を制し、新総裁に選出された。10月4日に召集される臨時国会で衆参両院による首相指名選挙が行われ、同日中に岸田内閣が発足する。

新政権の経済政策では、金融市場の安定を維持しつつ、成長戦略を通じて日本経済の潜在力を高めることを期待したい。それこそが、国民の生活向上にとって最も重要なことだ。

憲政史上最長となった安倍前政権の下での経済政策は、第1の矢である金融緩和、第2の矢である財政出動に過度に依存したものとなった点が問題だった。それは金融市場の安定を損ね、また経済の潜在力を低下させた可能性もあるからだ。

他方で、その任期中は日本の潜在成長率、労働生産性上昇率は一貫して低下傾向を辿り、第3の矢である構造改革、成長戦略は十分な成果を上げられなかった。潜在成長率の低下は、企業の投資を慎重にさせ、さらなる潜在成長率の低下を招きかねない。また労働生産性上昇率の低下は、先行きの実質賃金上昇率の低下の懸念を強め、先行き生活水準が向上するという個人の期待を損ねてしまう。

続く菅政権は、安倍政権の経済政策「アベノミクス」を継承するとともに、積み残された課題である構造改革に、分野を絞って取り組んだ。しかしコロナ対策に忙殺され、十分な成果を上げられないまま1年余りで退陣に追い込まれたのである。

岸田政権は、財政・金融政策の正常化を進め、金融市場の安定確保に努める一方、安倍政権、菅政権が積み残した課題である第3の矢の構造改革、成長戦略をさらに大きく前進させ、経済の潜在力向上を図ることが最大の使命、と筆者は考える。この点について、岸田政権には一定程度期待ができるのではないか。経済政策面での安倍カラーは、一段と薄れていくだろう。

成長と分配の好循環とは

総裁選を通じて、4人の候補者の中で経済政策重視の姿勢は、岸田氏が最も積極的であったように思える。岸田氏は、その経済政策を「新しい日本型資本主義~新自由主義からの転換~」と銘打った。「規制緩和、構造改革の新自由主義的政策は、富める者と富まざる者の分断を発生」とし、「成長と分配の好循環」を通じた格差縮小を重視する。

2008年のリーマンショック以降、世界的に格差問題への関心が急速に高まった。しかし、日本の場合には、リーマンショック以降の歴史的な長期景気回復の下で、所得格差は概して縮小したとみられる。日本にとっての優先課題は、パイをより公正に分配することよりも、パイをより増加させることにある。「成長と分配」のうち「成長」がより重要だ。岸田政権は、長期にわたって低下を続ける潜在成長率を引き上げることに、経済政策の重点もぜひ傾けていって欲しい。

ただし、比較的短期の視点からは、コロナ対策の一環としての所得再配分政策は必要ではないかと思う。コロナショックでは、打撃を受けた企業と恩恵を受けた企業、収入が減った労働者と収入が増えた労働者の格差が大きく広がった。これが通常の景気後退期とは大きく異なる点だ。

余裕のある企業、個人から、コロナショックで大きな打撃を受けた企業、個人へと所得を再配分する政策は、喫緊の課題である。これは、コロナ対策の財源確保の問題と深く関わるものだ。新政権には一日も早く、コロナ対策の財源確保の議論に着手して欲しい。それを先送りして、国債発行が増加を続けることを容認すれば、その分、将来の民間需要が損なわれ、経済の潜在力を一段と低下させてしまうだろう。

補正予算編成に前向きも底流は財政健全化路線

総裁選を通じて岸田氏は、数十兆円規模の経済対策、補正予算が必要と主張してきた。その中身については明確ではないが、コロナ関連の規制策とそれに伴う補償としている。

昨年度予算で計上したコロナ関連予算のうち、30兆円超が年度内に執行できず、今年度予算に繰り越されている。まずは、その執行を迅速に行うことこそが、最優先の経済対策だろう。そのうえで、不要な予算を減額補正し、必要な追加策を新たに加える形での補正予算編成が望ましい。

必要な追加策の中核は、コロナ関連での企業、個人への支援であるべきだ。現在の協力金制度の下では、支援がコロナ問題の打撃を受けている幅広い業種に行き届いていないことが大きな問題だ。対象業種に制限を設けない、持続化給付金制度の復活を検討すべきではないか。

他方で、単純な景気対策は効果も薄く、優先度は低いだろう。その結果、大規模な補正予算編成は必要ないはずだ。いたずらに予算を積み上げ、財政環境を一段と悪化させるような政策は、新政権のもとでは是非とも避けて欲しいところだ。

ただし、岸田氏は補正予算の必要性を強調していても、財政拡張論者ではない。長年、財政規律の重要性を訴えてきた。昨年9月の総裁選で打ち出した政策綱領でも「財政健全化」を経済政策の3つの柱の一つに掲げていた。

それと比べると、今回の選挙では財政拡張的な発言がやや目立ったようにも見えるが、それはコロナ禍への対応という比較的短期の視点に基づくもののようだ。今回の政策綱領にも、「経済の正常化を目指しつつ財政健全化の旗を堅持」と謡っており、引き続き財政健全論者であることを示している。衆院選挙に向けた戦略として経済対策は欠かせないとしても、衆院選挙後には、岸田氏はこうした本来の財政健全化重視の姿勢を明確に強めてくることも予想される。また、是非そうして欲しい。この点は、金融市場や経済の安定の観点から重要である。

日本銀行の金融政策の自由度は高まるか

日本銀行の金融政策については、次期岸田政権のもとでは、より政治的圧力から逃れ、自由度が高まるだろう。総裁選を通じて、岸田氏は金融政策に対する目立った言及はなかった。それは、経済政策上、金融政策の優先順位が高くないからだろう。政府が金融緩和に強く依存した政策運営をしていたのは、安倍政権の比較的初期までである。ただし、岸田政権は、中銀デジタル通貨の発行を検討するように、日本銀行に働きかける可能性はあるだろう。

新政権のもとで、日本銀行の政策姿勢が直ぐに変化する訳ではないが、2023年4月の黒田総裁退任後は、慎重ながらも正常化が模索されて行くだろう。特に、日本銀行出身者が2023年4月に次期日本銀行総裁に指名されれば、それ以降は正常化策の実施がより円滑に進めやすくなり、長期にわたる異例の金融緩和がもたらす副作用の軽減に寄与することが期待される。

正常化策は短期的には円高などを引き起こす可能性があるが、長い目で見れば、金融市場の安定に貢献するはずだ。ちなみに、日本銀行出身者が日本銀行総裁に指名される可能性は、安倍政権の下では低かった。安倍前首相は、日本銀行が先祖返りをして、金融緩和に消極的になることを恐れたからである。

岸田氏の成長戦略に注目

岸田氏は、小泉改革以降の新自由主義的な政策を転換させる、と発言している。「小泉改革は格差を拡大させた」という従来の野党の批判を受け入れたような印象である。そして、アベノミクスの「3本の矢」を意識して、大胆な金融政策、機動的な財政政策、成長戦略の「3本柱」を堅持する、としている。これはアベノミクスの継承を示しているようだが、3本目から「構造改革」という言葉を外している。岸田氏は、構造改革は新自由主義的政策であり、それは格差を拡大させてしまう望ましくない政策、と整理しているためだ。

しかし、構造改革という言葉の意味は、実際にはかなり曖昧だ。経済に前向きな構造変化を促す政策は、すべて構造改革と言って良いだろう。その中で、格差拡大を助長する可能性があるのは、主に市場の競争条件を高める競争政策、規制改革だ。菅首相が力を入れていた携帯の通信費引き下げなどは、まさに競争政策である。

他方、日本の先端技術を支援し、国際化を高め、生産性を向上させる政策は、すべての国民に幅広くその恩恵が及ぶ。デジタル化の推進支援なども、経済効率を高める。こうした経済政策も、通常は構造改革に含まれるのである。

そこで岸田氏の構想を改めてチェックしてみると、科学技術&イノベーションを促すための10兆円ファンドの創設、半導体、AI、量子、バイオ等先端科学技術での研究開発税制・投資減税の強化、デジタル円をはじめ金融分野におけるデジタル化推進、新たなクリーン・エネルギーへの投資支援、5Gなど地方におけるデジタル・インフラの整備(デジタル田園都市国家構想)、東京一極集中の是正など、通常構造改革と考えられる具体的な施策を実に多く盛り込んでいる。

岸田氏、格差縮小をアピールするために、構造改革に対して否定的なイメージを示したが、世間一般で言われる広義の構造改革にはかなり前向きであり、実質的には「構造改革論者」と言えるのではないか。

岸田政権に託されるコロナ対策と一体の3つの構造改革

構造改革は、コロナ問題という逆風を逆手に取って、コロナ対策と同時並行的に推進していくことが望ましい。コロナ対策に忙殺されて、構造改革、成長戦略が進まないという状況は、今度こそ避けたいところだ。それは、いわば「withコロナの構造改革」である。この観点から、新政権には特に以下の3つの政策に期待したい。

第1は民間レベルでのデジタル化推進だ。その一つとして、信頼性の高い中銀デジタル通貨(CBDC)の発行を通じて、キャッシュレス化を進めることが、経済の効率化向上に貢献するだろう。現金利用に伴う感染リスクが広く意識されやすい現状は、そうした政策を進める好機でもある。それに関連して、支払い履歴などのビッグデータの利活用推進も重要だ。

第2は、東京一極集中の是正である。感染リスクへの警戒や、リモートワークの広がりを背景に、地方に移住する人や地方に移転する企業の流れが続いている。それによって、地方に埋もれてきた土地、インフラ、人材を活かすことができれば、日本経済全体の効率化向上につなげられる。また、省庁の地方移転を進めることで民間の移転を促すことも、東京一極集中の是正には重要な施策だ。

第3は、菅政権が実現できなかった中小企業あるいは飲食、小売、旅行関連などサービス業の生産性向上だ。これらはコロナ問題で最も打撃を受けている分野であり、また、国際比較で生産性が低い分野でもある。コロナショックを奇貨として、業種転換、M&Aなどを通じ、こうした分野の改革を進めることで、経済全体の効率を高めることができるだろう。

ちなみに上記3つのうち、中銀デジタル通貨(CBDC)の発行と東京一極集中の是正については、岸田氏は政策綱領に掲げており、大いに期待したいところだ。

このように、新たに岸田政権のもとでは、日本経済が抱える最大の問題である低い生産性を解消させるような構造改革、成長戦略が、コロナ対策と一体的に推進されることが強く望まれる。また、金融・財政政策に過度に依存する安倍カラーの強い経済政策の枠組みから脱却し、金融市場の安定により配慮したマクロ政策が打ち出されていくことにも大いに期待したい。

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