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輸出環境の悪化が緊急事態宣言解除後の国内経済に大きな重し(日銀短観9月調査)

2021/10/01

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景況感の改善に頭打ち感が広がる

日本銀行が10月1日に発表した日銀短観(9月調査)で、大企業製造業の業況判断(最近)は+18と前回6月調査の+14から4ポイントの改善、大企業非製造業の業況判断(最近)は+2と前回6月調査の+1から1ポイントの改善となった。事前予想ではともに前回調査から小幅低下が見込まれていたことから、事前予想をやや上回る結果となった。

しかし、改善幅はそれぞれ前回6月調査の9ポイント、2ポイントを下回っており、景況感の改善には明らかに頭打ち感が見られる。その傾向は、中堅・中小企業でより顕著だ。

国内では2か月半以上に及ぶ第4回緊急事態宣言の発令が、飲食関連、旅行・宿泊関連、アミューズメント関連を中心に、サービス業の景況感を大きく悪化させた。今回の短観では、対個人サービスと小売の景況感が下振れている。経営基盤の弱い中小企業非製造業の景況感については、小売業の悪化などを映して、前回比低下している。

第4回緊急事態宣言による経済損失は、合計で5.70兆円(年間名目GDPの1.03%)に達したと推定される(コラム「緊急事態宣言延長で成長率はマイナスに」、2021年9月9日)。

内憂外患の状況に

また、マレーシア、ベトナムなど東アジア地域での感染拡大によって半導体など部品の調達に支障が生じたことから、自動車の生産が8月以降大幅に悪化している。自動車分野での部品不足問題は、7-9月期の実質GDP成長率を前期比年率で1%台半ば程度押し下げたと予想される。実際、今回の短観では、自動車の景況感の下振れが目立った。その中でも大企業製造業の業況判断(最近)全体が改善したのは、商品市況の上昇を映した素材業種での景況感改善によるところが大きい。しかし商品市況の上昇は、企業全体の先行きの収益環境を損ないかねない。

自動車の部品調達問題に加えて、感染再拡大などを受けて、海外経済には総じて成長鈍化傾向が見られ、日本の輸出環境は再び悪化を始めている。自動車の景況感悪化は、輸出環境悪化によるところも大きい。さらに主力輸出品である汎用機械の景況感が今回の調査で横ばいとなったのは、輸出鈍化の影響が大きいのではないか。

国内消費が感染問題で大きく制約を受け、サービス業中心に生産活動が足踏みを続けるなか、今まで景気を下支えてきた輸出と製造業の生産活動にも足踏み感が強まり始めている。こうして足元の日本経済は、景気のけん引役を失いつつある。

これらを背景に、7-9月期の実質GDP成長率は前期比年率で5%程度のマイナス成長となることが、現状では見込まれる。

外需・製造業は国内景気の下支えから足かせに

9月30日で緊急事態宣言が解除され、先行き行動制限の緩和が期待される中、10-12月期については経済活動が改善する見通しが出てきている。大企業非製造業の業況判断(先行き)で、感染問題の影響を大きく受ける対個人サービス、宿泊・飲食サービスの改善が顕著であることは、それを反映しているのだろう。

しかし、大企業非製造業全体では改善幅は僅か1ポイントにとどまる。また、中小企業非製造業の業況判断(先行き)は3ポイントの悪化が見込まれており、全体ではなお慎重な見方が根強い。

他方で、大企業製造業の業況判断(先行き)は-4ポイントと大きく悪化しており、明確な悪化が見込まれている。外需とその影響を強く受ける製造業は、今までの国内景気の下支え役から足かせへと転じているのである。8月の実質輸出は、前月比で大幅に悪化(日本銀行の推計で前月比-3.7%)した。部品不足の問題で米国向けなどの自動車輸出が悪化している。他方、成長鈍化傾向が見られる中国向けの輸出も悪化している。7-9月期の実質輸出は前期比で5四半期ぶりに小幅なマイナスになると見込まれるが、10-12月期はより大きな幅でのマイナスが見込まれる。

9月の鉱工業生産(速報値)は前月比-3.2%と大幅な低下となった。これで2か月連続の低下であるが、予測調査から判断すると9月も低下し、3か月連続での低下となる可能性が高い。自動車の部品不足問題、輸出の増勢鈍化が背景にあり、その流れは10-12月期も続くとみられる。

幸いにして深刻な感染再拡大が生じない場合には、10-12月期の個人消費は一定程度は持ち直す方向だ。その結果、10-12月期の実質GDP成長率は、前期比年率1ケタ台のプラス成長と現状では見込んでおきたい。

しかし、先行きの感染状況の見通しは実際にはかなり難しく、年内に再び感染再拡大、5回目の緊急事態宣言発令となる事態も否定できないところだ。その場合には、経済の足踏み状況がなお続くことが避けられない。

全規模全産業の景況感に注目すると、6月調査の業況判断(最近)は5ポイントの改善、9月調査の業況判断(最近)は1ポイントの改善、9月調査の業況判断(先行き)は3ポイントの悪化、と経済状況がターンアラウンドしつつある姿が明確にうかがえる。

川上での価格上昇も企業の景況感に逆風

今回の調査で、大企業製造業の販売価格判断は前回比6ポイント上昇した一方、仕入れ価格判断は8ポイントの上昇となった。前回調査の14ポイントの上昇と比べればその上昇幅は縮小したが、それでも原材料価格を中心に仕入れ価格の上昇圧力は強い。他方で、それを販売価格に十分に転嫁できずに、企業の交易条件が悪化して収益が悪化する傾向が生じている。経済状況が依然厳しい中でのエネルギー関連などの世界的な価格上昇は、日本の企業、個人には逆風であり、「悪い物価上昇」の性格が強いのである。

企業の物価見通しについては、足元のこうした価格の状況を映して、全規模全産業の1年後、3年後の物価上昇率は、前回調査から0.1%ポイントずつと僅かに高まった。しかし、5年後の物価上昇率見通しは+1.1%と前回調査と変わらず、中長期のインフレ期待に変化は見られない。この水準は、日本銀行の物価目標の2%の半分程度にとどまっている。

リベンジ消費への強い期待は禁物

欧米では今春、ワクチン接種が進み新規感染者数が顕著に低下した際に、一時的に消費が急回復を遂げた。しかし、そのような「V字型回復」は、日本では起きないだろう。新規感染者数が抑制された状態が続いても、個人の慎重な行動が消費を制約する状態が当面続き、景気回復ペースは緩やかなものにとどまるだろう。

日本でもワクチン接種拡大などを受けて感染リスクが低下していけば、いわゆる「リベンジ消費」で個人消費がかなり強く回復する、と期待する向きもある。確かに、感染リスクが低下すれば個人消費が持ち直し、先送りされていた消費が顕現化するという「ペントアップディマンド」が、一定程度生じる可能性は高いだろう。しかし、個人消費の爆発的回復と呼べるような状況を期待するのは行き過ぎだ(コラム「リベンジ消費で個人消費の爆発的回復は起きない」、2021年6月24日)。

昨年実施された定額給付金の大半は貯蓄に回ったが、それが「リベンジ消費」に使われるとの見方もある。しかし、その見方に強い根拠はない。そもそも、定額給付金の大半が貯蓄に回ったのは、個人の合理的な行動の結果である。個人は、中長期の所得見通しに基づいて現時点の消費支出を決める傾向が強い。定額給付金は一時的な収入であり、将来にわたる所得の見通しに影響しないことから、個人消費に与える影響も小さかったのである。それはこの先も変わらない。定額給付金を消費に回したのは、収入減で生活に困窮している一部の人だけだろう。

さらに、通常の景気後退時とは異なり、コロナ禍のもとで抑制される消費分野に注目する必要がある。それは、飲食、宿泊、アミューズメント関連など、対人接触型サービス消費である。そうした分野にはペントアップディマンドは相対的に生じにくいのである。

例えば、自動車などの耐久消費財の場合、何らかの理由で自動車購入ができない時期が2か月続けば、その間に自動車購入を考えていた人は、2か月後に一気に自動車購入に動くだろう。これが典型的なペントアップディマンドだ。

ところが、サービス消費の場合には、抑制分を完全に穴埋めするような形でのペントアップディマンドは生じにくい。コロナ禍で控えていた外食や旅行を一気に取り戻す形で、毎日外食、旅行、映画館に行くような人はいないからだ。こうしたサービス支出では、完全なペントアップディマンドは生じないのである。

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