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分配政策よりも経済のパイを拡大させる成長戦略が優先課題

2021/10/04

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パイの分配を変えるよりもパイを拡大させる成長戦略の推進を

先般の自民党総裁選では、分配政策が経済政策上の大きな議論の対象となった。いずれの候補者も、安倍政権、菅政権のもとでは分配政策が十分に進められなかったという問題意識を強く持っていたのだろう。

所得格差、資産格差を社会が許容できる範囲内に抑えることは、常に政府に求められる重要な役割の一つである。ただし、経済政策に優先順位を付ける場合に、格差縮小を目指す再分配政策が、今は最優先とは言えないのではないか。

長きにわたる日本経済の低迷、国民の間に広がる経済の閉塞感をもたらしている最大の要因は、格差拡大でもなく、また物価が緩やかに下落するという意味でのデフレでもない。それは、労働生産性上昇率と潜在成長率が低下傾向を続ける、経済の潜在力の低下である。パイの分配を変えるよりも、パイを拡大させる成長戦略の推進こそが、最優先課題だ。

安倍・菅政権下で上手くいかなかった賃上げ政策

分配の問題には、個人間の所得・資産格差の問題と、企業と労働者の間での所得格差、いわゆる労働分配率の偏りの問題の大きく2つがある。後者については、安倍政権、菅政権のもとでも賃金引き上げを通じた労働分配率の押し上げ策が進められてきた。当初は政府が春闘に直接介入し、賃上げを促した。その後は最低賃金の引き上げを推し進めたのである。

しかし、春闘での賃上げ率は政府が期待したほど進まず、また、最低賃金引き上げも成長を後押ししたようにも見えない。そもそも、物価と同様に賃金も、経済活動の結果として決まるものであり、それを政策的に操作しようとしても上手くいかない。経済に歪みをもたらす結果に終わりやすいのである。

他方、労働生産性上昇率が高まり、潜在成長率が高まれば、企業の中長期の成長期待も引き上げられ、自ら進んで賃金を引き上げて雇用確保に動くはずである。賃金引き上げを目指すのではなく、賃金が上がりやすい経済環境を作ることを政府は目指すべきだ。それには、構造改革、成長戦略が欠かせない。

労働分配率は横ばいで推移

そもそも、日本で所得格差は本当に拡大しているのだろうか。この疑問に正確に答えるには、精緻な統計分析が必要であるが、ここでは代表的な2つの指標、労働分配率とジニ係数の2つに注目して現状を概観してみよう。

名目雇用者報酬を名目GDPで割る形で、簡便的に労働分配率を算出したのが(図表1)である。労働分配は景気循環の影響を受けるが、1994年以降30年近くの労働分配率はほぼ横ばいで推移してきた。そして最新の2021年4-6月期の数値は52.2%と、トレンド線の水準を大きく上回っている。

近年多くの人が、労働分配率が大きく低下したと感じたのは、輸出型大企業のみのイメージに引き摺られているためではないか。そうした企業は円安傾向の中で円建ての輸出額が拡大し、収益が大きく増加したが、それと比べると賃上げ率は控えめであった。

他方、同じ局面では内需型の中小企業では、労働分配率は逆に高まったのではないか。企業全体で見れば、労働分配率が下落傾向を辿ってきたとの認識は正しくないだろう。


(図表1)労働分配率の推移

政策効果でジニ係数は低下傾向に

一方、個人間の所得分配の偏りを端的に示す指数に、ジニ係数がある。その数値がゼロに近いほど所得格差は小さく、1に近付くほど格差が大きいことを意味する。「令和2年版厚生労働白書」によると、2017年のジニ係数は1990年時点とほぼ同水準である。さらに2005年以降は緩やかに低下傾向にあり、所得格差が縮小してきたことを示唆している(図表2)。

他方、租税制度、社会保障制度による所得再分配機能の効果がない場合には、ジニ係数は上昇傾向にあったことも示されている。つまり、既存の諸制度によって所得格差の拡大は抑えられ、むしろ縮小傾向がもたらされてきたのである。

また経済協力開発機構(OECD)の推計によると、日本のジニ係数は0.334(2018年)であるが、これは米国の0.390(2017年)、英国の0.366(2019年)、韓国の0.345(2018年)などと比べても低い。


(図表2)ジニ係数の推移

格差問題は事実に基づく慎重な議論を

このような点から考えても、所得格差縮小のための新たな施策が、現在、経済政策上の最優先課題であるようには思えない。

格差問題は、きたる衆院選でも野党が争点として取り上げる可能性が高い。自民党総裁選での議論は、それを先取りし、野党の機先を制する狙いがあったのかもしれない。

しかし、格差問題は印象に流されることなく事実に基づいて慎重に議論されるべきだ。国民の多くが経済の閉塞感を感じる際に、その原因が格差の拡大、つまり自分以外の誰かが不当に自分の所得を奪っているとの議論は、支持されやすいのである。またそうした国民感情が、政治的な戦略に利用されやすいという点に、国民も注意する必要があるだろう。そして、政府が経済政策の最優先課題とすべきなのは、格差問題への対応ではなく経済の潜在力を高める成長戦略である。

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