原油高・円安の同時進行は既に個人消費を約0.9%押し下げ
円安・株高のリスクオン相場
11日の東京市場では円安・株高が進んだ。ドル円レートは1ドル112円台後半となり、2018年12月以来、約2年10か月ぶりの円安ドル高水準となった。
きっかけの一つとなったのは、米国での長期金利上昇だ。前週末の米9月雇用統計は、雇用者増加数は事前予想を下回ったものの、11月の米連邦公開市場委員会(FOMC)でテーパリング(資産買い入れの段階的縮小)が実施されるとの観測が高まり(コラム「9月米雇用統計は低調も11月のFRBテーパリングは既定路線」、2021年10月11日)、長期金利を押し上げた。さらに、雇用統計での賃金上昇率の上振れや、原油価格高騰が米国の長期金利を押し上げ、日米の長期金利拡大から円安が進んだ形である。
しかし、円安ドル高は、こうした米国側の要因だけによるものではない。円以外に対するドル高傾向は比較的わずかであり、ドル高というよりも円安の性格が強い。
日本側の要因から円安圧力を作り出しているのは、株高である。11日の日経平均株価は一時500円以上の大幅高となった。円安と株高が相乗的に進む、典型的なリスクオン環境が生じたのである。
さらに、株価を押し上げたものとして、内外2つの要因が挙げられる。一つは、先週末に米国での債務上限の一時引き上げで議会が合意し、デフォルト問題は12月までは回避されることになったことだ。可能性は低いものの、仮に米国国債がデフォルトとなれば、それが米国のみならず世界の金融市場に与える衝撃は計り知れない。
金融所得課税見直しへの警戒が後退
そしてもう一つの国内での要因は、株式市場が警戒していた金融所得課税見直しを当面は行わない考えを、週末に岸田首相が示したことだ。キャピタルゲイン、インカムゲインの税率は20%と、所得税の最高税率である45%よりも低いことから、金融資産を多く持つ高額所得者の所得税負担率は、1億円を境に低下する傾向があることを、格差の観点から岸田首相は問題視していた。そこで、金融所得課税の税率引き上げを軸に、その見直しを総裁選では公約に掲げていたのである。
しかし、金融所得課税の税率引き上げは、政府が長らく進めてきた「貯蓄から投資へ」という政策に逆行してしまうことから、政府内での支持は得られにくいと考えられる。さらに、先週末まで8連続営業日で日本株が下落した要因の一つに、この金融所得課税見直しへの懸念があったとの指摘もある。株式市場に配慮する狙いからも、岸田首相は金融所得課税見直しをトーンダウンさせたと考えられる。
年初からの原油高・円安は個人消費を0.85%押し下げ
内外同時に悪材料が緩和され、11日の日本市場はリスクオン傾向を強めている。しかし、懸念がなくなった訳ではない。中国の不動産市場や景気への不安は残されたままだ。さらに、原油価格が急騰していることも、大きな懸念である。原油先物価格(WTI)は、ニューヨーク市場で1バレル80ドルとおよそ7年ぶりの水準に達し、11日のアジア市場でも81ドルに近付いている。
この足元の原油高と円安が結び付くと、日本経済には大きな逆風となる。輸入エネルギー価格が上昇することで、企業の原材料価格が上昇し、また、個人の生活費が高まることで、個人消費に悪影響が生じる。緊急事態宣言解除によって国内での個人消費はようやく持ち直しのきっかけを掴もうとしているが、原油高と円安がさらに進めば、それは個人消費の回復を妨げることになりかねない。
原油価格は今年年初の1バレル50ドル程度(WTI)から80ドル程度へと約60%上昇している。これは、内閣府の短期日本経済マクロ計量モデル(2018年版)によると、個人消費を短期的に0.75%押し下げる計算となる。他方、年初から円は対ドルで10%近く円安に振れている。これは、個人消費を短期的に0.10%押し下げる計算となる。
双方を合計すれば、個人消費への悪影響は既に0.85%に達する計算だ。この先も、原油高と円安が同時に進んでいけば、個人消費にはかなりの打撃となり、日本経済の回復を遅らせることになりかねない。
こうした点を考えると、足元の金融市場の楽観論、リスクオンの傾向は長くは続かないことを覚悟する必要があるのではないか。