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税優遇で企業の賃上げは促されるのか

2021/10/11

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岸田政権は法人減税で賃上げを促す政策を検討

岸田政権は分配政策の一環として、法人減税措置を通じて賃上げを促す政策を検討している。しかし、こうした政策が消費の拡大、成長力の強化につながるかどうかは不確実だ。

政府の強い影響力によって仮に賃上げが進んでも、それが一時的だと考えれば、個人は消費を大きく拡大させず、賃上げ分の多くを貯蓄に回すだろう。また、賃上げ分だけ先行きの収益環境が悪化すると企業が考えれば、設備投資を抑制するのではないか。それは、成長力を低下させてしまう。

岸田政権の経済政策は、安倍・菅政権の政策の問題点を突く野党の攻撃の機先を制する狙いがあるようにも見える。安倍政権、そしてそれを引き継いだ菅政権の経済政策は、大企業を中心に企業の利益を高めたが、それが個人の所得拡大にはつながっていない、と野党は批判している。岸田政権も安倍政権の経済政策の効果が及ばなかった賃金増加や所得格差縮小を経済政策上重視し、野党の攻撃をかわす狙いもあるのではないか。

安倍政権も賃上げを促す異例の法人税優遇措置を導入した

しかし忘れてはならないのは、実際には安倍政権は賃上げを企業に強く求め、賃上げを促す異例の法人税優遇措置を導入したということだ。しかしそれは、賃上げを目立って高めず、経済の成長力強化につながったようにも見えない。岸田政権の賃上げ政策は、この経験を十分に踏まえなければならないのではないか。

安倍政権は3%の賃上げを目標に掲げ、2013年度には一定水準の賃上げを行った企業に対して、税額控除を実施した。その後改正がなされ、現在では、その税制措置は「所得拡大促進税制」と呼ばれ、大企業が一定以上の賃上げと設備投資、教育訓練の増額などを行うと、最大で給与増加額の20%が税額控除される。中小企業では、一定以上の賃上げと教育訓練の増額等を行うと、最大で給与増加額の25%が税額控除される。

この政策は、期待された効果を上げていないように見える一方、中小・零細企業には多い、法人税を支払っていない赤字企業には恩恵が及ばないため、大企業優遇との指摘もされてきたのである。

岸田政権はこの既存の制度を見直そうとしているのである。具体策は不明だが、税額控除率を高めるなどが選択肢となるのだろう。また、税額控除ではなく賃上げを実施した企業の税率を引き下げることも検討されるかもしれない。しかし、それは税制を歪めることになり、また税収基盤も損ねてしまうだろう。

企業が自ら賃金を引き上げる環境を作ることが重要

過去30年近く、労働分配率はほぼ横ばいであり、また、ジニ係数にみる所得格差は緩やかに縮小方向にある(コラム「分配政策よりも経済のパイを拡大させる成長戦略が優先課題」、2021年10月4日)。分配を企業から個人に向かわせることは、最優先課題ではないだろう。重要なのは分配の源泉となるパイを拡大させる成長戦略、構造改革である。そして、企業の成長期待を高め、企業が自ら賃金を引き上げる環境を作ることが重要だ。

安倍政権が異例の税優遇措置を講じても、企業が大幅な賃上げを実施しなかった理由を改めて考えてみる必要がある。それは、一時的な税制面での優遇があっても、先行きの成長期待が乏しければ、企業は大幅な賃上げを実施しないのである。これは合理的な行動だ。ひとたび基本給を引き上げると、それは容易に引き下げることはできず、また賃金だけでなく年金・保険料等の会社負担など、フリンジベネフィット(間接人件費)が増加し、中長期的に企業の収益を圧迫してしまう。

岸田政権の賃金政策は、こうした安倍政権の失敗の経験を踏まえて、慎重に考える必要があるのではないか。

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