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岸田政権はCOP26を上手く乗り切れるか

2021/10/28

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岸田首相がCOP26に出席の意向

今月末から2週間にわたって、約200か国・地域の政官民代表が一堂に会し、気候変動の問題を公式、非公式に議論するCOP26(国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議)が英国で開かれる。岸田首相は、このCOP26に出席する考えを示している。10月31日の衆院選の結果を踏まえてその最終判断を行う。出席できない場合には、オンラインでの参加を模索する。出席となれば、バイデン米大統領など海外主要首脳と初めての対面での会談が多く実現することになり、岸田首相にとって本格的な外交のスタートとなる。

パリ協定締結国は30年ごろの温暖化ガス削減目標を条約事務局に提出することが求められるが、日本では2050年温暖化ガス実質ゼロ、つまりカーボンニュートラル達成と整合的な、2030年までに温暖化ガス46%削減目標を打ち出している。そしてこの目標を達成するための電源構成を、政府は10月22日に閣議決定した新エネルギー基本計画の中で示している。COP26で各国は、温暖化ガスの削減目標や実行計画を示すことが求められるが、この点は日本にとって既に大きな問題ではない。

石炭火力発電廃止で日本は強い批判に晒される

しかし、岸田首相がCOP26に出席する場合、最も苦労することが予想されるのは、石炭火力発電廃止の議論である。議長国である英国は、石炭火力発電の早期廃止をCOP26の主要議題にする考えだ。

英国は今年、従来目標を1年繰り上げて2024年に石炭火力発電を全廃すると表明した。ハンガリーも目標を5年早めて、2025年の脱石炭を掲げた。ドイツでは、9月末の総選挙で第1党となった中道左派・社会民主党(SPD)が第3党、第4党との連立交渉で、2030年までの脱石炭を目指すことで合意した。従来目標を8年前倒しするものだ。米国も2035年までの電力部門の脱炭素を掲げている。

他方、日本の新エネルギー基本計画の中で示された電源構成では、2030年度の発電の19%を引き続き石炭火力で賄う計画だ。議長国の英国のジョンソン首相は9月に、「先進国は30年、途上国は40年までに石炭への依存を断つよう求める」と表明している。COP26では、石炭火力発電の廃止を巡って、日本が欧米諸国から集中砲火を浴びることがほぼ見えている。これは、岸田首相にとって大きな試練となるだろう。

日本には新興国支援の強化が求められる

カーボンニュートラルという目標の達成を目指すことは重要であり、それが各国の責務であるものの、それを達成する手段、道筋については、各国に任されるべきなのではないか。

地理的環境などにより、電源毎の発電コストは各国で大きな開きがある。日本は太陽光発電、風力発電のコストが高いうえ、福島原発事故によって原発による発電に大きな支障が生じている。その結果、当面は化石燃料による発電に一定程度頼らざるを得ない事情がある。岸田首相には、石炭火力発電の廃止を巡る各国からの要請に安易に応じないことが求められるだろう。

ところで、欧米諸国が先進国の石炭火力発電の早期廃止に強くこだわるのは、それが新興国の地球温暖化対策に与える影響を考えてのことだろう。中国を始めとしてアジア新興国では、石炭火力に依存した発電を行っている国が少なくない。まず先進国が見本を見せる形で脱石炭を進め、それを新興国の脱石炭、そして脱炭素へとつなげていく戦略だろう。

この点を踏まえると、岸田首相がCOP26で欧米諸国からの石炭火力発電の早期廃止の要請を突っぱねる場合には、新興国の脱炭素の支援を強化する代替策を準備しておくことが必要となる。それは官民一体となって、資金面や技術面で日本が新興国をより支援することだ。また、気候変動リスクへの対応では、日本が長年培ってきた気象予測技術や、災害経験、防災技術を伝えていくこともできる。

電源構成の再検討も

日本は2030年度までに地球温暖化ガスを46%削減する目標を掲げているが、その実現が現時点で見えている訳ではない。再生可能エネルギーによる2030年度の発電比率は、新エネルギー基本計画では36~38%とされた。これは従来の目標であった22~24%から大幅に引き上げられ、現時点での実績である18%程度からの2倍以上の水準である。積み上げ方式では、2030年度までに30%程度までしか実現が見通せていなかったという。残りについては、具体的な達成計画がない状態だ。

今後は、2030年度までに地球温暖化ガスを46%削減する目標を達成する具体策をしっかりと作り上げていく必要がある。再生可能エネルギーによる2030年度の発電比率の達成が現実的でないのならば、原子力発電の比率を現時点での計画の20~22%から引き上げていく方向に議論が進んでいく可能性も考えられるところだ。岸田政権のもとでは、脱原発色が弱まっているからである。

原則40年の原発稼働期間の延長に加えて、原発の建て替え、新規建設の議論も進んでいくのではないか。ただし、国民の間に原発に対する否定的な意見は根強いことから、これには、大きな政治的困難が伴うだろう。

カーボンプライシングの必要性

日本では再生可能エネルギーによる発電コストが化石燃料を用いた発電のコストなどと比べて依然としてかなり高いことが、地球温暖化ガス削減の大きな障害となっている。コスト面から再生可能エネルギーによる発電が自然に進むという環境にはないからである。

そこで、再生可能エネルギーで発電された電気を国が定めた高めの価格で一定期間電力会社が買い取る、FIT(固定価格買取制度)が活用されている。しかしその下では、買取価格と実勢価格の差が家庭の電力料金に上乗せされ、個人の負担が高まっていくという問題がある。

そこで、企業に対しても、脱炭素を進める新たな動機付けをすることが必要となる。特に地球温暖化対策で投資家からの強い圧力を受けない、中小零細企業には、その必要性が高いだろう。

そうした観点から導入が検討されているのが、他国でも既に多く導入されているカーボンプライシングである。先日、岸田首相に示された政府の「気候変動対策推進のための有識者会議報告書」では、カーボンプライシングの必要性が以下のように強調されている。

「炭素に価格をつけ、経済的なインセンティブによって排出者の行動を変容させる手法としてカーボンプライシングがあり、諸外国では導入が進んでいる。炭素税、排出量取引やカーボンクレジット取引等の形態が存在するが、うまく活用することで価格シグナルによってイノベーションを刺激することが期待できる。また、炭素税などの形で政府収入があれば、それを脱炭素社会への移行に必要な費用の財源として活用することも可能となる。我が国の削減目標の達成と経済の成長を両立させながら、企業にいち早く脱炭素化に向けた事業変革とイノベーションを促すインセンティブとなるような仕掛けを早期に具体化すべきである」

企業に地球温暖化ガス排出量削減の目標を設定し、過不足分を市場価格で取引させる制度や、政府が企業の地球温暖化ガス排出量に価格をつけて税金として徴収する制度などは、現時点では負担が高まるとして企業側には慎重な意見も少なくないが、地球温暖化ガス排出量削減策の実効性を高めるためにはその導入を政府は真剣に検討すべきだろう。

また、世界規模での排出権取引市場を創設すべく、日本が議論を主導していくことも検討されるべきではないか。排出量削減のコストが高く、排出量削減が容易ではない日本は、他国から排出権を相対的に安価で買い取ることを通じて、地球全体の地球温暖化ガス排出量削減に貢献するという選択肢も与えられるべきかもしれない。

(参考資料)
「「石炭火力全廃を」日本に圧力 31日にCOP26開幕-新興国、一層の燃料高懸念」、2021年10月25日、日本経済新聞電子版
「脱炭素へ、再エネ倍増 原発増設に含み 基本計画決定」、2021年10月23日、朝日新聞
「COP26、石炭火力廃止が議題に=欧州で加速、日本には逆風」、2021年10月20日、時事通信ニュース

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