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衆院選後の岸田政権経済政策の課題と期待

2021/11/01

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経済の成長力、潜在力を高める経済政策を最優先に

10月31日に投開票が行われた衆院選では、自民党は公示前の276議席から減らしたものの、単独過半数の233議席を大きく上回り、国会を安定的に運営できる絶対安定多数の261議席を確保した。

有権者から予想以上の支持が得られたことを背景に、岸田政権はこれから政策を本格稼働させる。公明党や自民党内での異なる意見に大きくは影響されず、岸田政権が発足以来掲げてきた、いわば岸田色が強い政策を、当面は推進させることが予想される。

岸田政権は経済政策で「新しい資本主義」、「成長と分配の好循環」、「令和の所得倍増計画」などを掲げている。具体的な内容は未だ明らかではないが、賃金引き上げと所得格差縮小がその中核にあるのだろう。この点では、今回の衆院選で野党が掲げてきた経済政策案と大きな違いはない。

経済政策は、短期のコロナ対策と中長期の政策とを明確に区別することが必要だ。過去30年程度を振り返っても、労働分配率や所得格差を示すジニ係数はほぼ横ばいであり、日本で著しく格差が拡大した証拠は見られない。少なくとも格差縮小は、経済政策上の最優先課題ではないだろう(コラム「分配政策よりも経済のパイを拡大させる成長戦略が優先課題」、2021年10月4日)。

日本経済が抱える最大の問題は、経済の潜在力、成長力が低下を続けていることだ。日本経済の成長率が低いこと、労働生産性上昇率が低下を続けていることが、賃金が上がらない最大の要因である。それこそが、多くの国民が経済に閉塞感を感じ続けている背景である。その問題を解決しない限り、賃金を引き上げる政策は持続的に機能するものとはならない。

企業が自ら進んで賃金を引き上げる経済環境を作り上げることが重要

先行きの成長期待が乏しい中、中期的に人件費が経営を圧迫しかねない賃上げに、企業は慎重にならざるを得ない。岸田政権は法人税の優遇措置を拡大することで、企業に賃上げを促す考えである。それは安倍政権以来実施されてきた政策であるが、上手くいってはいない(コラム「税優遇で企業の賃上げは促されるのか」、2021年10月11日)。

政府は、分配のパイを広げる、つまり成長力を高め、労働生産性を高める政策を最優先すべきだ。それを通じて、企業が自ら進んで賃金を引き上げる経済環境を作り上げることが何よりも重要である。そうした環境が整わない中で仮に企業に賃上げを強いれば、企業は収益見通しの悪化から設備投資を抑制し、経済の潜在力を損ねてしまうだろう。それは賃金の上昇を妨げることにもなるのである。

短期的なコロナ対策では所得再配分が必要に

他方、コロナ問題が格差を短期的に拡大させたことは確かであり、それに対する追加の対応は当面の経済政策としては必要だろう。通常の景気悪化とは異なり、コロナ禍が業績に追い風となっている企業、所得が増えている労働者も少なくない。ほぼすべての企業の業績、労働者の所得環境が悪化する通常の景気後退とは大きく異なるのが、コロナ下での経済環境の特徴だ。そこで、余裕のある企業、労働者から大きな打撃を受けた企業、労働者に所得を回す、再配分政策が必要となる。

こうした再配分政策の一環が、コロナ対策の財源確保に他ならない。現状のように、コロナ対策を国債発行で賄い続けると、その負担は将来世代に転嫁されていき世代間の不公平感を高めることになる。さらに将来世代の財政負担が高まれば、その分将来の需要が弱まり将来の成長期待が下がって、企業は目先の設備投資、雇用、賃金を抑制してしまう。

復興特別税制度を参考に、負担能力に配慮した形で法人税、所得税に時限的に上乗せするような財源確保の手段について、政府は速やかに議論を始めるべきだ。

一律給付金はコロナ問題が生んだ格差を縮小させない

他方、現在の休業・時短の協力金制度を通じた事業者支援では、幅広い業種が支援先から漏れてしまっている。岸田政権が掲げる、業種・地域を限定しない新たな給付金制度は必要ではないか。

個人の支援については、まず既存のセーフティーネットの機能を高めることで、コロナ禍で所得環境が悪化した人を支援することが重要だ。仮に、追加の給付金制度を導入するのであれば、対象を絞り込み、最も支援を必要とする人にお金を届けることが重要である。一律給付金のように、対象者を幅広く設定すると、支援を必要とする人に十分なお金が届かないか、いたずらに財政環境を悪化させてしまう。なんといっても、一律給付金ではコロナ禍によって拡大した所得格差は縮小しない。

政府はコロナ対策を中心にした追加経済対策、補正予算編成を検討している。昨年度に使われずに今年度予算に繰り越された異例の30兆円超の繰越金をまずは再度しっかりと精査し、必要のないものは減額補正を行うべきだ。それと組み合わせることで、補正予算の規模は抑えることができるはずだ。

人口対策、デジタル化などに期待

中長期の経済政策は、構造改革、成長戦略を通じて経済の成長力、潜在力を高めることを最優先とすべきだ。今回の衆院選挙では、与野党ともに、経済政策上の構造改革、成長戦略の優先順位は概して低く、当面のコロナ経済対策、特にバラマキ的な政策議論に終始した印象だ。

信頼できる構造改革、成長戦略を政府が打ち出すことで、企業の成長期待を高めることが重要である。その観点からは、出生率向上などの人口対策、コロナ禍で崩れてしまったインバウンド戦略の再構築などが有効ではないか。

それ以外に、コロナ問題を奇貨として経済の効率を高める構造改革の推進も重要だ。その一分野がデジタルである。10月に発足したデジタル庁は、行政のシステム統合などを推進することに当面の力点が置かれているが、民間部門でのデジタル推進も重要だ。コロナ禍でリモートワーク、ワーケーションなどに需要が高まっている今こそ、民間部門でのデジタル化推進のチャンスである。岸田首相が、従来からデジタル田園都市国家構想を掲げ、郊外、地方での5G普及を重視している点は評価したい。

また、現金利用に伴う感染リスクが警戒される現在は、キャッシュレス決済を前進させる好機でもある。それは、経済の効率化に貢献し、また個人がデジタル社会により馴染んでいく入り口ともなるのではないか。キャッシュレス化推進には、中央銀行がデジタル通貨を法定通貨として発行する中銀デジタル通貨(CBDC)の発行も検討されるべきだ。岸田首相も日本銀行による中銀デジタル通貨、デジタル円の発行を支持している。

コロナ禍を奇貨とした成長戦略、構造改革推進を

さらに、リモートワークが浸透する一方、感染リスクへの警戒がなお根強い現状は、東京一極集中是正を進める好機でもある。東京の人口が集中し過ぎたことで、東京の経済効率は低下しているとみられる。また、人口集中による託児所不足などの問題が東京の出生率を低下させ、日本全体の人口問題をより深刻にさせている面もあるだろう。政府は、省庁の地方移転を積極化させることで東京一極集中是正を主導すべきだ。人口あるいは企業活動が地方に広まることで、地方に埋もれた土地、交通インフラ、人材などがより活用され、それは日本全体の経済効率を高めるだろう。

来年夏の参院選挙でも、経済政策を巡って与野党が分配と賃上げの政策を競い合う構図が続きそうだ。しかし、直接賃金を引き上げる政策は、経済の歪みを強めるだけでうまく機能しない。企業が自ら賃上げを進めるような経済環境を作り出すことが、回り道のようで実は賃上げの近道である。そのためには、経済の効率を高め、企業の成長期待を高める構造改革、成長戦略を政府は強く推し進めるべきだ。また、国債の累積自体が将来世代の需要を奪い、中長期の成長期待を押し下げてしまう面があることから、財政健全化策も重要な長期戦略の一環と位置づけるべきだ。

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