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税優遇では持続的な賃上げは起こせない

2021/11/19

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「賃上げ税制」強化で基本給引き上げを要件に

政府・与党内では、19日に閣議決定する経済対策とともに、2022年度税制改正の議論も進められている。岸田政権が目指す賃上げを税制面から後押しする新たな「賃上げ税制」についても、既存制度を強化する措置の概要が次第に固まりつつある。自民党税制調査会の宮沢洋一会長は、賃上げした企業への優遇措置について、税額控除率を現在の15%から拡大する方針と説明している。さらに要件は、「基本給が軸となる」と述べ、新たに基本給を引き上げた企業を対象にする考えを示している。

一方、公明党の西田税制調査会長も、「賃上げ税制」の要件について、2022年度税制改正で大幅に見直す方針を明らかにしている。現行制度は、新規雇用者の給与総額を一定以上増やした大企業に対し法人税額から15%分を控除しているが、これを非正規雇用も含めた継続雇用者の給与総額に要件を改める。また、税額控除率も中小企業については30%に倍増させる考えだ。

さらに西田氏は、「企業が賃上げをするには原則、生産性を向上しないとできない」と指摘し、税優遇の条件に「一定以上の生産性向上につながる投資」を加える考えも示している。また、中小企業はボーナスも含めた給与総額を対象とし、転職の多い非正規雇用者の給与水準が上がる仕組みも検討している。

これ以外に、税優遇の対象とならない赤字企業については、賃上げを補助金支給の要件にすることや、給与総額ではなく、一人当たり平均賃金の上昇率などを要件にすることなども検討されていよう。

企業は基本給の引き上げに慎重

現行の賃上げ税制は、ボーナスも含めた従業員の給与総額が前年度より増えた場合に、法人税額から支給額の一部を差し引くことで企業の税負担を軽減する仕組みだ。その適用要件は大企業と中小企業で異なり、大企業は新規雇用者の給与総額が前年度より2%以上増えれば支給額の15%分を、中小企業については全雇用者の給与総額が1.5%以上増えれば増加額の15%分を控除できる。

自民、公明両党の上記の発言を踏まえると、少なくとも大企業については、給与総額ではなく基本給を税控除の要件にするように修正される可能性が高い。現行制度のように、ボーナスも含む給与総額を要件にすると、企業はボーナスを一時的に引き上げるだけで優遇措置を得られることになる一方、持続的な賃上げにつながらない、消費拡大につながらないとの批判があるためだ。

しかし、今回の改正で税額控除率を高める賃上げ税制の強化を図っても、基本給の引き上げを新たに要件とすれば、賃上げ効果はむしろ小さくなってしまうのではないか。

ひとたび基本給を引き上げれば、再度引き下げることは難しくなり、また年金・保険料の会社負担などのフリンジベネフィットも押し上げて、中長期的な固定費の増加につながる可能性がある。それは、経済環境次第では企業の収益を大きく圧迫しかねない。企業は基本給の引き上げに慎重なのである。

成長期待を高めることで企業の賃上げを引き出す「太陽」政策

企業は、仮に一時的に税制面で優遇措置を得られても、将来の成長に自信が持てなければ、賃金、特に基本給の大幅な引き上げは行わない。税制面での優遇措置、いわゆる「アメ」で企業の賃上げを簡単に促すことができると政府が考えているとすれば、それは誤りである。企業は目先の利益ではなく、中長期の経営環境を踏まえて、慎重に賃金政策を決定しているのである。税制面の優遇措置は、いわば小手先の対応である。

政府は直接賃金を引き上げるように、「アメとムチ」の双方から企業に働きかけるのではなく、企業が自ら賃上げを行うような環境を整えることこそが重要だ。そのためには、成長戦略や構造改革を通じて企業の成長期待を高める必要がある。「北風と太陽」の寓話でいえば、「太陽」の政策がより重要となるのである。

(参考資料)
「自民税調会長、賃上げ税制「基本給軸に」 控除率も拡大-宮沢洋一氏インタビュー」、2021年11月17日、日本経済新聞電子版
「公明・西田税調会長 賃上げ税制控除率、中小は30%へ倍増」、2021年11月18日、産経新聞

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