パウエルFRB議長の再任と悪い円安進行
パウエル議長再任を株式市場は好感
バイデン米大統領は11月22日に、米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長を再任することを発表した。次期議長候補は、事前にパウエル現議長とブレイナード理事の2人に絞られていたが、金融市場ではパウエル議長の再任を予想する向きが多かった。筆者の予想も同様だった(コラム「金融市場が気を揉むFRB議長の指名」、2021年11月11日)。
22日の米国金融市場では、一時的に株価が大きく上昇する一方、長期金利は上昇し債券安傾向が見られた。また、為替市場では4年8か月ぶりに1ドル115円台まで円安が進んだ。円安株高の流れは、東京市場にも引き継がれることになろう。
米国市場で株高が進んだのは、パウエル議長を再任する方針が示されたことで、先行きの金融政策に対する不確実性が低下したことが最大の理由だろう。パウエル議長が再任されれば、金融政策の連続性は維持されるためだ。FRBが11月にテーパリング(資産買い入れの段階的縮小)を実施し、金融政策の正常化に踏み切る一方、異例の高い物価上昇率が続いており、金融政策のかじ取りはかなり難しい局面だ。こうした中での議長交代は、金融市場に大きな不安を生むことになる。
パウエル議長とブレイナード理事の間では金融政策の姿勢に大きな違いはないが、ブレイナード理事の方が幾分ハト派である。そこで、パウエル議長の再任が伝えられると、金融市場では利上げ時期をやや前倒しする期待が生じている。発表後の債券市場では、2022年6月からの利上げが織り込まれ、2022年後半から2023年にかけて利上げが着実に実施されていく、との見通しになった。今回の発表を受けて、金融政策がよりタカ派方向に傾いたのである。
市場の利上げ期待はやや前のめりか
ただし、筆者は、中国経済の減速、エネルギー価格高騰、経済対策効果の剥落、感染リスクの再拡大などを受けて米国の成長率も先行き鈍化する一方、物価上昇率の上振れ傾向は、来春頃をめどに収束に向かっていくと予想している。その結果、FRBの利上げは2023年にずれ込むと予想する。金融市場の見方が今後そうした方向に修正されていけば、株高、債券高、ドル安傾向を生むことになろう。
パウエル議長の再任指名の障害となったのは、地区連銀総裁らによる不適切な証券取引の問題が浮上したことと、パウエル議長が共和党員であったことだ。共和党の前トランプ大統領は、民主党員の前イエレンFRB議長を再任せず、共和党員のパウエル氏をその後任に指名した。ただし、大統領が党派の異なる人物をFRB議長に指名する、あるいは再任することは今までも少なくなかった。
民主党急進左派に配慮しブレイナード理事を副議長に指名
バイデン大統領がパウエル議長の再任指名を決めた最大の理由は、上院で円滑に承認される可能性が高いからであろう。いわば政治的な配慮である。民主党の急進左派が支持するブレイナード理事を議長に指名する場合には、上院の共和党議員の多くや、民主党内の穏健派の賛成を得られない可能性があった。
その場合、両党が拮抗する上院での承認に時間がかかることになる。それは、足元で支持率を落としているバイデン大統領にとっては、さらなる政治的失点ともなる。また、承認が円滑に進まなければ、FRBのリーダーシップの不在を懸念して、金融市場に動揺が生じる可能性もある(コラム「金融市場が気を揉むFRB議長の指名」、2021年11月11日)。
もちろん、パウエル議長の再任指名には、バイデン大統領がその政策手腕を評価したという面もある。コロナショックを受けた積極的な対応や、トランプ前大統領からの政治介入に屈せず、FRBの独立性を守った姿勢は、民主、共和双方から評価されている。
ただし、ウォーレン氏など民主党急進左派の中には、パウエル議長の再任に反対し、ブレイナード理事の議長指名を支持する声もあった。彼らがパウエル議長の再任を問題視したのは、トランプ政権のもとで、パウエル議長が金融規制を過度に緩めたこと、女性活用、地球温暖化など民主党が重視する重要課題に積極的に取り組んでこなかったことだ。
こうした民主党急進左派の意見に配慮して、バイデン大統領は、金融規制の整備や気候変動リスクへの対応などにパウエル議長が積極的に取り組むことを約束した、とパウエル議長の再任指名を発表した際に、同時に説明している。これは、民主党急進左派にパウエル議長の再任を受け入れて貰うための配慮だろう。また、ブレイナード理事を副議長に指名することを決めたのも、民主党急進左派への配慮があったからだろう。
FRB利上げのもと日本銀行もいずれマイナス金利解除を模索か
ところで、パウエル議長の再任は、日本の金融市場でも株高、債券安、円安の流れをしばらく作る可能性がある。他方、それが日本銀行の金融政策に直接与える影響は軽微だろう。
日本では円安進行による輸入物価の上昇が、企業の収益悪化や個人の生活費を押し上げることで経済にマイナスになる、いわゆる「悪い円安」を懸念する向きが増えている。しかし現時点で、日本銀行が円安を食い止めるために引き締め的な政策を行う可能性は考えられない。実際のところ、企業の収益悪化や個人の生活費を押し上げる効果は、円安よりも原油高の方が格段に大きいのである。円安進行に経済に悪影響を与える負の側面があることは確かであるが、日本銀行はこの点に、現状では大きな注意を払っていない。
筆者は金融市場でのFRBの早期利上げ期待はやや行き過ぎていると感じているが、それでも2023年以降は継続的な利上げ局面に入ってくる可能性は高いと考える。一方で日本銀行は、当面は現状維持の金融政策を続け、日米で政策の方向性が異なることになる。
ただし、2023年4月の黒田総裁の退任以降は、日本銀行も慎重に出口戦略を模索することが予想される。日本銀行は金融機関の収益に悪影響を与えてきたマイナス金利政策の解除を、優先的に考えているだろう。一方で、マイナス金利政策の解除が急速な円高を生じさせることも強く警戒している。
FRBが利上げを進める局面でマイナス金利を解除すれば、円高のリスクを一定程度抑えることが可能となる。そこで、パウエル議長の下で進められる利上げの機会を逃さずに、日本銀行は2024年以降にマイナス金利の解除に動く可能性が考えられる。