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石油備蓄放出での各国協調と原油高の経済効果

2021/11/25

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10年ぶりの国際協調策で石油備蓄放出

原油価格高騰への対応として、米国が主導する形で各国がそれぞれ石油備蓄を放出する協調策が始まった。バイデン米大統領は23日に、日本や中国、インド、韓国、英国と協調して石油の備蓄を放出すると発表した。

石油備蓄の放出は、1970年代の石油危機を受け設立された国際エネルギー機関(IEA)が加盟国に呼び掛けることで、今までも何度か実施されてきた。中東の民主化運動「アラブの春」でリビアの石油生産が滞ったことを受けて、2011年に実施されたのが最後である。この時は、米国のほか27か国がリビア内戦によって失われた約1億4,000万バレルの生産量を補うために、6,000万バレルを放出することで合意した。

ただし、石油備蓄の放出は自然災害などで供給に支障が生じた緊急時に実施されるものであり、今回のように価格高騰への対応として行われるのは異例だ。米国は今後数か月かけて戦略石油備蓄を5,000万バレル放出する方針だ。これは、6億バレルの備蓄の約8%に相当する。また、国内での消費の3日分弱にあたる規模となる。

米国政府はこの数週間、他国に石油備蓄の放出を呼び掛けてきた。その背景には、米国国内の事情も強く働いているだろう。原油価格の高騰は国内消費に打撃となることから、足元でのバイデン大統領の支持率低下の一因となっていた。そのため、バイデン大統領としては早急な対応を求められていたのである。

また、11月25日からは米国は年末商戦シーズンに入り消費が集中する。個人が自動車を使って国内旅行に出かけるシーズンでもある。そこに間に合わせるために、バイデン大統領は対策を急いだのである。

他方で、米国での単独の石油備蓄放出では原油市場への効果が薄いことから、世界の主要消費国を巻き込んで国際協調策とした面があるだろう。これは、為替介入と同じ考え方である。

日本も初めての国家備蓄放出

一方、日本政府は24日に、米国などと協調して、石油の国家備蓄放出を発表した。年内にも売却に向けた入札を実施し、2022年3月までに売り渡す計画だ。1991年の湾岸戦争、2011年の東日本大震災の時、あるいは上記のリビア情勢悪化時などに民間備蓄を放出したことはあるが、国家備蓄の放出は初めてのこととなる。

日本の石油備蓄は9月末時点で国内需要の240日分程度だ。その内訳は国家備蓄が145日分、石油会社などに義務付ける民間備蓄が90日分、産油国共同備蓄が6日分である。

石油備蓄法のもとで放出が認められるのは、供給に支障が生じる場合や災害時等に限られ、今回のように価格安定の狙いでの放出は認められない。そこで、原油の国内需要の減少で1日あたり必要な備蓄量は減っていることから、必要な備蓄量を上回る余剰分の油種入れ替えの一環で行うものとして、法的な問題をクリアする。

ただし、放出量は約420万バレルと、国内消費量の僅か1~2日分に相当する規模とする予定だ。米国でも放出量は国内消費の3日分弱である。協調行動によって影響力は高められている面があるといっても、世界の原油需給に与える直接的な影響は限られる。備蓄放出による原油価格抑制効果は一時的にとどまるだろう。

年初来の原油高で企業収益は7.9%低下、円安・原油高で個人消費は1.0%減少

ところで、年初から足元まで、原油価格は約68%上昇している。内閣府・短期日本経済マクロ計量モデル(2018年版)によると、それは短期的な効果で、企業収益(法人企業所得)を7.86%も減少させる。また収益悪化などを通じて、実質設備投資を短期的に0.03%、1年間の累積効果で0.20%減少させる効果を持つ。

他方、年初からの原油価格上昇は、個人消費デフレータを短期的に0.84%、1年間の累積効果で0.78%押し上げる。それらを通じて実質個人消費を短期的に0.84%、1年間の累積効果で0.92%押し下げる。

さらに足元で進む円安も、個人消費デフレータを押し上げ、実質個人消費に打撃となる。年初からの11.3%のドル高円安は、個人消費デフレータを短期的に0.20%押し上げ、実質個人消費を短期的に0.11%押し下げる。年初からの原油高と円安の効果を合計すると、それによって短期的に実質個人消費は0.95%押し下げられる計算となる。

原油価格高騰と円安には、緊急事態宣言解除後の個人消費の持ち直しに水を差し、日本経済の回復を一段と遅らせるリスクがある(コラム「原油高への対応も衆院選の争点か:円安・原油高のダブルパンチで個人消費は0.9%減少」、2021年10月18日)。

産油国はどのような対応を見せるか

原油価格の今後の行方は、消費国の石油備蓄放出の協調策を受けた産油国の対応に移る。OPECプラスなど産油国は、新型コロナ問題を受けた原油需要が一時的であり、産出量を増やせばいずれ原油価格の急落につながることを恐れている。しかし実際には、サービスからモノへの消費需要のシフトは構造的な変化であり、モノの生産増加に必要な原油需要の増加も一時的でない側面がある。この点が産油国に理解されていけば、産油国が増産に動き、原油価格は落ち着きをとり戻すのではないか。

あるいは、世界経済の成長鈍化が原油需要の増加ペースを抑えることで、とり戻すことも考えられる。そうしたことを契機に、来年には原油価格の高騰には歯止めがかかるものとみておきたい。

しかし短期的には、米国が主導する形での今回の石油備蓄放出の協調策は、産油国に対する「宣戦布告」と受け止められる可能性もある。その場合には、産油国が産出量を絞る、あるいはさらなる増産を見合わせることで、原油価格の高騰にさらに弾みがつくことも、短期的には考えられるところだ。

その際、上記で試算したように、円安の効果も重なることから、米国以上に日本の経済により大きな打撃となろう。

(参考資料)
「初の石油協調放出、効果に疑問符 OPECプラス焦点」、2021年11月24日、日本経済新聞電子版
「日本、石油国家備蓄の余剰分放出へ 1~2日分相当」、2021年11月24日、日本経済新聞電子版
「米が石油備蓄放出へ 日中韓などと協調、原油高抑制狙う」、2021年11月24日、日本経済新聞電子版

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