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蘇る官製春闘:なぜ同じ政策を繰り返すのか

2021/11/26

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春闘で企業側に3%の賃上げ要請

岸田首相は、2022年の春闘で企業側に3%程度の賃上げを要請する方針を固めた。26日には「新しい資本主義実現会議」を開き、賃上げに関して議論を行ったうえで、正式に賃上げ要請の方針を打ち出す。政府が春闘で目標の数値を示すのは4年ぶりとなる。

岸田政権は、アベノミクスのもとで大企業は潤ったが、その恩恵は労働者には十分に及ばなかったとして、アベノミクスを修正、発展させる「分配」重視の姿勢を示している。

実際には安倍政権も賃上げを促す政策をかなり強硬に進めた。しかし、期待した結果を得られなかった。その手法はまさに「アメとムチ」であった。本来、労使の協議の場である春闘に政府が介入し、企業側に高い賃上げを求めた上で、賃上げに後ろ向きの企業名を公表する、といわば脅しをかけた時もあった。これが「ムチ」の政策だ。

他方で、2013年には現在も続く「賃上げ税制」を導入し、一定水準以上の賃上げを実施した企業に、法人税額控除を適用した。これは「アメ」の政策である。安倍政権は3%の賃上げ目標を掲げたが、実際には2015年の+2.4%程度が最高水準であり、3%に届くことはなかった。

さらに、この賃上げ率には定期昇給分が含まれている。一人当たりの平均賃金上昇率は、基本給の引き上げ率であるベースアップ率に近い。そのベースアップ率はピークでも+0.4%台半ばにとどまり、2021年にはほぼゼロ近傍まで低下した。

安倍政権下で上手くいかなかった賃上げ政策を繰り返す

安倍政権が積極的に行った春闘への介入と「賃上げ税制」は、狙ったような賃上げにはつながらなかった。それにも関わらず、現政権がその政策をなぞり、繰り返そうとしているのである。同様に、期待した効果は得られない可能性が高いだろう。

そもそもベースアップ率、平均賃金上昇率がゼロに近い水準であることは、日本経済の現在の状況に照らせば当然のことである。潜在成長率がゼロに近い低水準であるもとで、それに大きく影響を受ける物価上昇率のトレンドもゼロ近傍である。他方、労働生産性上昇率もゼロ近傍あるいは小幅マイナスであることから、それによって決まる実質賃金上昇率もゼロ近傍となる。以上より、名目賃金上昇率はゼロ近傍が自然な姿となる。

現政権は、「賃上げ税制」の強化と春闘への働きかけを行う方針だ(コラム「税優遇では持続的な賃上げは起こせない」、2021年11月19日)。春闘での賃上げ要請とともに、安倍政権が上手くいかなかった政策をなぜ繰り返そうとするのか。

企業が自ら賃上げをする経済環境を作り出すことが実は近道

政府が本来目指すべきなのは、企業が自ら賃金を引き上げ、労働者を確保していくことを促す経済環境を作り出すことだ。そのためには、労働生産性上昇率、潜在成長率を高める、あるいはその期待を高める政策を進めることが重要である。それこそが成長戦略、構造改革だ。

政府は成長戦略を打ち出してはいるが、出生率引き上げなどの人口対策、インバウンド戦略の再構築などはもっと強く打ち出して欲しいところだ。また、東京一極集中の是正は、経済の効率性向上につながる重要な構造改革である一方、それは出生率の上昇にもつながる成長戦略でもある。

賃金の上昇は、労働生産性上昇、潜在成長率が高まるなかで、結果として生じるものだ。他方で、賃金の引き上げに直接働きかける政策、賃上げを起点として成長率を高めようとする政策は上手く機能しないことは、安倍政権が既に証明したと言える。企業は中長期の観点から経営、そして賃金政策を考えるため、成長期待が高まらないと思い切った賃上げには踏み切らない。政府からアメとムチの政策を受けても、将来の収益見通しを悪化させる賃上げには慎重なのである。この点から、企業の中長期の展望に働きかけようとしない、春闘への働きかけや「賃上げ税制」強化は、「小手先」の政策にとどまる。

労働生産性上昇、潜在成長率が高まらないなかで、企業に賃上げを強いることが仮にできるとしても、それは企業の収益見通しを悪化させ、設備投資を抑制させるだろう。さらにそれは労働生産性上昇率、潜在成長率の低下につながり、結局、賃金に下落圧力となってしまう。

このように、直接、企業の賃金の上昇を促すのではなく、成長戦略、構造改革を進めることこそが、回り道のようで、実際には賃金上昇の近道となる。成果を急ぐために現政権は、「賃上げ税制」の強化と春闘への働きかけを行おうとしているが、それは弊害が大きいだろう。

他方で、信頼性の高い成長戦略、構造改革を政府が打ち出せば、企業の成長期待は高まり、賃金引上げを前倒しで引き出すことも可能である。

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