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「来年度予算編成の基本方針」:財政健全化路線は風前の灯火か

2021/12/03

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基本方針から消える「歳出改革」

先般決定された過去最大規模の経済対策に見られた政府のバラマキ的な財政拡張路線は、とどまることなく来年度予算にもそのまま引き継がれる方向だ。

政府は「来年度予算編成の基本方針」の閣議決定を、12月7日に行う予定である。各種報道によれば、「必要な財政支出は躊躇なく行い、万全を期する。経済あっての財政であり、順番を間違えてはならない」といった岸田首相が用いた表現が、この基本方針には盛り込まれる見通しだ。

また、「最大の目標であるデフレからの脱却を成し遂げる」ことや、新型コロナウイルス問題をふまえ、「危機に対する必要な財政支出は躊躇なく行う」ことが明記されると見られる。また、「成長と分配の好循環」の実現に向け、賃上げの促進といった分配強化を推進する方針が示される。

その一方で、従来の基本方針には記載されていた「経済・財政一体改革」、「歳出改革」「(歳出の)聖域なき徹底した見直し」などの文言はなくなる。財政健全化路線は完全に息絶えてしまうかのような印象だ。

自民党内で積極財政派が勢いを増す

報道によれば、11月中旬に政府が与党側に提示した基本方針案には、歳出改革を重視する文言が含まれていたが、自民党内での強い反発で修正されたという。

安倍政権や菅義偉政権では、政策決定は首相官邸主導色が強かった。岸田首相は、与党の意見が反映されにくい「政高党低」を修正し、与党の意見を尊重する「政高党高」への軌道修正を図る考えを示した。その結果、先般の経済対策、そして来年度予算編成方針では、財政拡張姿勢が強い与党の意見が大きく反映されるようになっているのである。

自民党内では財政出動を重視する積極財政派が勢いを増す一方、財政再建派が急速に勢いを落としている。先の総裁選で大規模な財政出動を訴えた高市早苗政調会長は、党の「財政再建推進本部」から「再建」の文字を削って「財政政策検討本部」に改組した。そのうえで、安倍晋三元首相をその最高顧問に迎えて再始動させたのである。

財政拡張策が常態化し財政環境が際限なく悪化するリスク

方針では、最大の目標であるデフレ脱却を成し遂げるため「必要な財政支出は躊躇なく行い万全を期する」とされる方向だが、物価上昇率が極めて低い状況は、経済の潜在力が低いことを反映したものであり、いわば現在の日本経済の実力に見合った「常態」なのである。それを例外的な状態と捉えて財政拡張策を正当化すれば、そうした政策がまさに「常態」となり、財政環境は際限なく悪化していくことになるはずだ。

政府の歳入は経済の潜在力の反映であり、歳入水準に見合った形で歳出を調整する「歳出改革」は常に求められる。ここまで財政環境が悪化してしまった以上、短期間で日本の財政環境を正常化することはできない。そこで、財政健全化の方針を中長期の政策の軸として常に堅持する姿勢が重要である。そして財政健全化は、「歳出改革」、「歳入改革」、「成長戦略」の3本柱をバランス良く進めていくことが求められる。

歳出拡大で作り出す需要は一時的な効果しかなく、成長戦略とは言えない。成長戦略には、税優遇と補助金で企業の取り組みを促すものが多いが、そうした従来タイプの政策がどの程度有効であるかは、十分な検証が必要だ。予算を付けなくても可能な成長戦略もある。規制改革による民間需要創出などだ。

歯止めのない財政拡張路線に進んでいくかどうかの分岐点

財政拡張路線の問題の本質は、財政危機が起こるかどうかではない。それは確かに直ぐには起こらないだろう。

しかし、国債発行で賄う形で財政拡張路線を続ければ、それは将来世代の需要をどんどん奪うことになる。その結果、将来の成長期待が低下して、企業は国内での設備投資、雇用、賃金を抑制し、それが労働生産性上昇率の低下、潜在成長率の低下につながってしまうだろう。それは結局、現代に生きる我々の経済・生活環境も大きく損ねてしまうのである。

国債発行はただで財源が確保できる「打ち出の小槌」などでは決してなく、必ず誰かがその借金を返さなければならない。それが資本主義の原則であり、その点は、民間の借金でも国の借金でも変わりはない。

国債発行残高が累積を続ける中、上記のような経路で日本経済の潜在成長率はさらに低下し、日本はますます貧しくなっていく。そうした悪循環をなんとしてでも食い止めなければならないだろう。

自民党内では、「基礎的財政収支(プライマリーバランス:PB)の黒字化」目標を撤廃する議論も高まっているようだ。財政健全化路線は、今や風前の灯火であるようにも見える。日本が歯止めのない財政拡張路線に進んでいくかどうか、現状は分岐点にいると言えるのではないか。

(参考資料)
「自民財政再建派、風前のともしび 積極派席巻、本部最高顧問に安倍氏」、2021年12月2日、朝日新聞
「岸田政権、積極財政鮮明に 消えた「歳出改革」 予算編成方針案」、2021年11月30日、朝日新聞
「財政支出、ちゅうちょなく=「単年度主義の弊害是正」明記―来年度予算方針案」、2021年11月29日、官公庁情報(時事通信)
「見えない予算:規模ありきのバラマキ 参院選向け自公要求乱発 補正予算案、最大35.9兆円」、2021年11月27日、毎日新聞

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