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中国の人権問題重視に舵を切る日本

2021/12/21

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人権問題と経済安全保障で中国への対抗姿勢を強める

日本政府は、外務省に国際的な人権問題を担当する企画官のポストを2022年度に新設する。この企画官は、総合外交政策局人権人道課に配置され、人権分野の業務を統括し、国際的な人権問題に対応することになる。

このポスト新設の最大の狙いは、中国による新疆ウイグル自治区や香港での人権弾圧への対応である。日本は今までは、人権問題の分野でバイデン政権や他の先進国と足並みを揃えることが十分にできない面もあったが、今後は米国との連携を強めていく方針だ。またそうした方針は、岸田首相が人権問題担当の首相補佐官を起用した時点で、既に明らかになっていたと言えるだろう。

岸田政権は経済安全保障政策を重視しており、来年には関連法の制定を目指している。これは、中国に過度に依存したサプライチェーンを見直し、また中国の日本企業に対する過度な影響力を取り除くことなどを目指すものだ。この分野においても米国などと連携を強化していく方針だ。

人権問題で日本が中国に厳しい対応を見せる場合、中国が輸入規制措置をとるなど両国の貿易に悪影響が及ぶ可能性もあるだろう。しかし、岸田政権は日本企業に多少の悪影響が及ぶとしても、他国と連携して人権問題で中国に厳しい態度で臨む覚悟はできているのではないか。経済政策全般を見ても、やや企業に厳しいリベラルな色彩が強いのが岸田政権の特徴だ。経済安全保障政策も、日本企業に対する規制の強化がその本質であり、収益を損ねる側面もある。

「日本版マグニツキー法」と北京五輪の外交ボイコット問題

今年3月に、中国のウイグル人への弾圧を巡って、米国、英国、カナダ、欧州連合(EU)が中国当局者に資産凍結などの制裁を科した。しかし日本はこの制裁措置には加わらなかったのである。日本政府は、「外為法に人権問題のみを理由とした規定がないことから制裁を見送った」と国内法上の問題をその理由に挙げた。この説明が本当の事情なのか、それとも中国との関係悪化を恐れて制裁に踏み切れなかったことのいい訳なのかは明らかではない。

しかし、この際の経験を踏まえて、海外の人権侵害に対して制裁を科せるように国内での法整備を進めるべき、との意見が高まっている。海外で起きた重大な人権侵害に対して、入国制限や資産凍結などの制裁を科せるようにする法律は、米国が2012年に対ロシアを念頭に制定した後、英国やカナダなど欧米諸国で整備が進んでいった。これは、「マグニツキー」法と呼ばれる。しかし同様の法律は日本にはない。

人権問題担当の首相補佐官に起用された中谷氏は、今年4月に超党派の「人権外交を超党派で考える議員連盟」を発足させ共同会長に就任している。同氏の起用には、「日本版マグニツキー法」制定への期待が込められているのかもしれない。ただし、政府内には慎重論もあり、実際に成立するかどうかは不明である。

中国の人権問題を巡って日本政府が近いうちに対応を決めなければならないのが、来年2月の北京五輪の外交ボイコットの是非である。ウイグルなど中国の人権問題を理由に、米国のバイデン政権は北京五輪に外交使節団を派遣しない「外交ボイコット」を表明した。これに、英国、オーストラリア、カナダ、リトアニアが次々と同調したのである。日本政府は独自に判断するとして、まだ態度を決めていない。

今年の東京五輪開催では、中国は無観客開催など日本側の決定を一貫して支持してくれた経緯もある。また、来年の日中国交正常化50周年に向けて関係を悪化させたくないとの思惑もあり、容易には判断できない状況だ。そうした観点だけでなく、平和の祭典であるという意義も踏まえて、慎重に判断をして欲しいところだ。

米国の「民主主義サミット」は対立を煽っていないか

中国に対抗する勢力の結束強化を狙って、バイデン政権は先日オンラインで「民主主義サミット」を開催した。民主主義の意味や価値を改めて議論することは建設的であり重要なことだ。しかしこのサミットの最大の問題は、米国が「民主国家」と「非民主国家」を独自の基準で選別し、後者を排除した点にある。これは、世界の対立をより激しくするものではないか。そうしたやり方自体が民主的でない。

約110の国と地域が参加したが、一部の国は排除され招かれなかった。それらは中国やロシアだけでなく、EU加盟国のハンガリーや、米欧と軍事的に協調しているトルコなども含まれたのである。一方で、台湾のほか、指導者が権威主義的な傾向を持っていると非難されているフィリピン、ポーランド、ブラジルなどは招待された。米国による選別の基準はあいまいで、独善的との指摘もある。

中国外務省の報道官は、このサミットや、台湾が招待されたことについて、米国が他国を抑圧し、世界を分断し、自らの利益を得るための隠れみのや道具として民主主義を利用しているだけであることを示している、と強く非難している。

「中国的民主(中国の民主)」とは何か

米国の民主主義サミットに合わせて、中国政府は「中国的民主(中国の民主)」という白書を発表し、中国が人権問題を軽視しているとの米国などからの批判を受けて、「中国には中国の民主があり、中国が民主的であるかどうかは、外部の少数の国ではなく、中国の人民と国際社会が判断すべきこと」との議論を展開した。中国は以前から「中国には中国の民主(主義)がある」としてきたのである。

米国の考える民主主義と中国の考える民主主義とはいったいどこが違うのか、人類普遍の価値である「民主主義」とは具体的には何なのか、などと言った議論を米中両国で行うべきではなかったのか。ところが米国は、中国と真摯に向き合い、議論することを真剣に考えていないように見える。それよりも中国に対抗する勢力の結束を固め、中国に対する圧力を高めることを優先しているのではないか。対話を欠いたままでは、両国の関係が将来改善に向かうことを展望することは難しい。

日本の対話路線はどうなるか

日本政府は、アジア諸国の人権問題に対して比較的柔軟に対応してきた歴史がある。民主化が遅れた国でも、日本の支援を通じて豊かになることで、民主化が促されることを期待した、という面もあるのだろう。

1989年に中国で天安門事件が発生した際にも、日本は欧米諸国による対中制裁とは一線を画して、新規円借款の一時凍結などにとどめた。それを通じて、中国の国際的な孤立を防ぐ狙いがあったのである。

こうした姿勢は今後見直される可能性があり、対中政策も対話路線から、米国など他国と連携した圧力路線へ修正されていく可能性があるだろう。それでも、対話路線をなくしてはならない。米中間での対話が十分に成立しない中では、日本は中国との対話を通じて両国の対話を仲介する役割もできるだろう。対話が完全になくなり中国が孤立してしまえば、思わぬ形で衝突が引き起こされかねない。

さらに、日本も中国の人権問題を厳しく非難するのであれば、国内で襟を正さねばならないのではないか。入管施設での外国人の長期収容という問題も浮かび上がっている。今年3月には、スリランカ人女性が適切な医療を受けられずに病死したという事件も起こった。米国にも差別問題や大統領選挙を巡る大きな混乱があった。

そのように、日米など先進国でも自らの民主主義の問題についても真摯に向き合い、対応を進めたうえで中国と対峙していくことが重要なのではないか。

(参考資料)
「(社説)民主サミット 理念の復権へ課題多く」、2021年12月14日、朝日新聞速報ニュース
「(社説)日本の人権外交 普遍的価値掲げるなら」、2021年12月18日、朝日新聞
「【主張】人権担当補佐官 名前だけに終わらせるな」、2021年11月9日、産経新聞
「人権担当補佐官に中谷氏 首相 ポスト新設 対中国「毅然と対応」」、2021年11月9日、読売新聞
「人権担当補佐官に中谷元防衛相 香港やウイグル問題、中国牽制にじむ」、2021年11月9日、朝日新聞
「人権担当ポスト新設へ」、2021年12月4日、読売新聞
「「外交的ボイコット」日本はどう対応すべき?与野党の政治家から主張相次ぐ」、2021年12月7日、ハフポスト日本版
「(社説)民主サミット 理念の復権へ課題多く」、2021年12月14日、朝日新聞速報ニュース
「米大統領、民主サミット開催 権利と自由の保護「決定的課題」」、2021年12月9日、ロイター通信ニュース

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