マンチンの乱でバイデン政権の大型歳出法案の年内成立が阻まれる
バイデン政権の大型歳出法案の可決が阻まれ経済に逆風
米バイデン政権が成立を目指してきた1.75兆ドルの歳出法案は、身内である一人の上院議員の反対によって、年内成立が阻まれてしまった。年明け後に規模を縮小する方向で、仕切り直しの議論が再開される。
11月に可決された1兆ドル規模のインフラ投資計画も、当初案から大きく削減された。社会福祉と気候変動対策を含む今回の歳出法案についても、当初の3.5兆ドル規模から1.75兆ドル規模まで既に半減されている。それがさらに縮小される可能性が高い情勢であり、バイデン政権にとっては大きな政治的失点となることが避けられない。
この法案は、「ビルド・バック・ベター(より良い再建)」法案と呼ばれている。貧困対策など社会保障に関する内容と、インフラ投資計画に盛り込めなかった気候変動対策の2つの柱からなる。具体的には、子どもや家族向けのプログラム(子ども向けの税額控除の拡大、子育て支援、幼児教育無償化の拡大や有給の家族休暇)、より手頃な住宅を建設するための資金、税額控除やメディケア(高齢者向け医療保険)およびメディケイド(低所得層向け医療保険)の拡大を通じた医療アクセス改善など、そして気候変動対策が含まれている。
同法案は、成立時期が先送りされることに加え、歳出規模が縮小される、また財源の確保が強化される方向である。これらは、来年以降の米国経済にマイナスとなる。2020年以降とられてきた巨額のコロナ対応での経済対策の効果が薄れることで、来年以降の米国経済の成長率には逆風となる「財政の崖」が生じやすい。今回の件は、そのリスクをさらに増幅するものだ。
身内のマンチン民主党上院議員に阻まれる
同法案に反対の姿勢を示しているのは、民主党中道派のマンチン上院議員だ。マンチン氏は、石炭産業が盛んなウェストバージニア州選出であり、企業寄りである。この点から、バイデン政権が進める気候変動対策には否定的である。同歳出法案に含まれる気候変動対策関連の規定は、国内送電網の信頼性低下を招く一方で、国外サプライチェーンへの依存を高めるものだ、と述べている。
また、同法案の10年間の歳出総額の規模が大きすぎ、インフレリスクを高めかねないため、規模縮小が必要であるとする一方、その財源確保が短期間にとどまっており十分ではない点、つまり財政環境を悪化させてしまう点も批判している。
マンチン議員はさらに、子供がいる家庭の税額控除拡大などの税優遇措置に就労の要件を付けることや、年間所得が20万ドルを超える家庭が対象にならないようにすることを望むとしている。また、電気自動車(EV)購入の税額控除に所得制限を設けることも求めている。しかしこれらに主張については、民主党左派は繰り返し拒否している。
バイデン政権の目玉政策が、僅か1人の民主党上院議員によってここまで振り回されるのは、上院の議席数が民主・共和でそれぞれ50議席ずつ、と拮抗しているためだ。法案への賛否が同数で分かれる場合には、上院議長であるハリス副大統領の票で法案を可決することができる。しかし、共和党が反対する法案で、民主党上院議員が一人でも反対に回れば法案は通らなくなるのである。
影響力を強めるマンチン議員
バイデン政権の政策は、共和党と民主党急進左派との間で板挟みとなり立往生してしまうリスクは、政権発足当初から十分に予想されていた。しかし、政策推進の最大の障壁が民主党中道派の一人の議員となっていることは意外である。
マンチン議員は、パウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長の上院承認などでも鍵を握る存在であり、その影響力は急速に高まっている。民主党内では同氏に対する批判も高まっているが、仮に同氏を辞任に追い込んだ場合、ウェストバージニア州は全般に共和党が強い州であり、彼のポストは共和党議員に奪われる可能性が高い。そうなれば、民主党は上院で過半数の議席を失い、ねじれ議会となってしまう。そのため、マンチン議員に政権及び民主党は強く当たれない面がある。
バイデン政権の内外のリーダーシップに強い逆風
この大型歳出法案には、気候変動対策関連として米国史上最大の5,000億ドル以上の投資が計上されている。バイデン政権は、米国の温室効果ガス排出量を2030年までに2005年比で50~52%削減することを目標としているが、その実現は同法案の成立が前提となっているのだ。同法案が成立しなければ、あるいは成立しても気候変動対策関連の支出が大幅に減額されれば、目標の達成は遠のいてしまう。その場合、気候変動対応における米国の国際的なリーダーシップは、大きく低下してしまいかねない。
バイデン政権への支持率は既に大きく低下しているが、年明け後は、大型歳出法案を巡って審議が難航する可能性が高い。あるいはマンチン議員の賛成を得るために、大幅に規模を縮小するなど譲歩すれば、民主党急進左派が強く反発するだろう。どちらにしても、内外からの支持をさらに落としやすい状況である。バイデン政権にとってかなり厳しい年明けとなりそうだ。
(参考資料)
"Biden domestic agenda aces huge blow after Democrat opposes Build Back Better", Financial Tines, December 21, 2021
"Having Sought a Home Run, Democrats Now May Settle for Singles and Doubles", Wall Street Journal, December 21, 2021
"Biden’s Climate Plans Thrown Into Doubt by Manchin’s Rejection of ‘Build Back Better’ Bill", Wall Street Journal, December 20, 2021
"Manchin Outlines Tax, Policy Changes He’d Want in Biden Bill", Bloomberg, December 21, 2021