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今や世界の『物価の優等生』である日本経済の強みがいずれ弱みに

2021/12/24

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消費者物価上昇率は来年1%超へ

総務省が24日に発表した11月分消費者物価指数で、コア指数(生鮮食品を除く総合)は、前年同月比+0.5%と前月の同+0.1%から一気に上昇率を高め、2020年2月以来の水準となった。前年同月比が前月から0.4%ポイント上昇したうち、0.3%ポイントはエネルギー価格の上昇による。

生鮮食品に加えてエネルギー価格も除いたコアコア指数(生鮮食品及びエネルギーを除く総合)は、11月に前年同月比-0.6%と、前月の同-0.7%から大きく変化していない。変動の激しい生鮮食品及びエネルギーを除く物価の基調は、前年比でほぼ横ばいである。

ただし、携帯の通信費の下落が、消費者物価指数を前年比で1.5%程度押し下げており、その影響は来春以降剥落していく。この分を調整した前年同月比+1%程度が、現在の日本の消費者物価上昇率の基調的なトレンドと言えるだろう。

先行きの日本の物価動向の鍵を握るのは、海外でのエネルギー価格及び食料品価格、そして為替動向であるが、来春以降の消費者物価は一時的に+1%を上回る可能性が高まっている。輸入品の物価高騰の影響が遅れて現れることで、少なくとも来年前半の電力料金、食料品価格などは上昇傾向を続けるだろう。海外と比較して日本の物価上昇率全体は低いが、一部の購入頻度の高いエネルギー、食料品等の価格上昇によって、生活が圧されるとの懸念が消費者の間で高まりやすく、実際、個人消費を抑える効果を持つ。

物価上振れも金融政策正常化を強く否定する日銀

欧米の主要中央銀行がこぞって金融政策の正常化を始める中、ひとり金融政策を維持する日本銀行の政策姿勢が円安傾向を促し、さらなる物価上昇圧力につながる可能性がある中、日本銀行もいずれは正常化に踏み出す、との観測も市場にじわりと広がってきている。

これに対して黒田総裁は、当面の物価上昇はエネルギー価格高騰などによる一時的なものであり、賃金上昇を伴う持続的な物価上昇とは異なるため、正常化には踏み切らない、との姿勢を明らかにしている。

物価上昇率の上振れが一時的との認識は広く共有されていると見られるが、この一時的な物価上昇を好機と捉え、日本銀行が正常化に踏み切るのでは、との観測が市場に広まっているのである。しかしそうした政策は、日本銀行が2%の物価目標の達成をあきらめ、政策姿勢を軌道修正することを意味するものでもある。これは、黒田総裁としては容認できないのだろう。

日本の物価が他国よりも落ち着いている3つの背景

新型コロナウイルス問題以前、日本は低成長、低インフレ、低金利が長期化している、いわば病気を抱えた国、との認識は海外で広く持たれていた。そして、そうした現象が他国にも広がっていく、「ジャパナイゼーション(日本化)」が警戒されていたのである。

ところが今年に入ってからは、欧米諸国が物価高騰に悩まされる中、日本では物価の安定が維持されており、にわかに「物価の優等生」として評価が高まっている。

日本の物価上昇率が他国と比べてマイルドであるのは、第1に、低い経済の潜在力に対応して物価上昇率のトレンドが他国よりも低いこと、第2に、緊急事態宣言など規制措置が長引く中、他国と比べて経済の回復力が弱いこと、が挙げられる。

さらに第3に、企業の雇用、賃金、価格決定の慎重姿勢が挙げられる。米国などでは、新型コロナウイルス問題による経済悪化を受けて、企業が雇用者を一気に削減する一方、経済の持ち直しとともに再雇用を進めた。しかし、感染リスクを警戒する労働者は再雇用されることに慎重であった。また失業保険給付の上乗せ措置も労働者が失業状態を続けるインセンティブを高め、深刻な人手不足を生じさせた。そこで企業は、賃金を大幅に引き上げて人手確保に動いているのである。そして、その高い賃金上昇が、モノやサービスの価格にも転嫁されている。

日本企業の慎重な価格設定行動が物価の安定に貢献

ところが日本では、正規雇用者を中心に、新型コロナウイルス問題による経済悪化を受けても企業は雇用を維持する傾向が強く、そのため、飲食業などを除けば、経済が持ち直す中でも深刻な人手不足は生じていない。従って、賃上げの動きも広がりにくいのである。

さらに、需給がひっ迫している業種でも、日本の企業は価格引き上げに慎重だ。競争条件が厳しいなか、価格引き上げが売り上げのシェア低下につながってしまうことを警戒するためだ。このような事情から、日本では激しい価格の上昇は見られていないのである。

ただし、企業の慎重な雇用、賃金、価格決定による物価の安定は、このように現状では日本経済の強みとして認識されているが、多少長い目で見れば「弱点」である。新型コロナウイルス問題によって、人々は感染リスクを恐れて外食、旅行などを控え、一方で家具、家電、食材への支出を強めるなど巣籠り消費の傾向を強めている。感染リスクが低下した後も、そうした消費行動は一定程度定着するだろう。それが、ポストコロナの新たな産業構造につながるのである。

ところが、そうして新たに需要が高まる分野で、日本企業が価格引き上げ、賃上げに慎重であれば、生産増加や新規雇用が進みにくい。生産や労働者のシフトが起こりにくいである。そのため、消費者の需要が満たされない時期が長引き、新型コロナウイルス問題からの経済の回復が他国と比べて遅れてしまうのである。日本企業、経済の強みが早晩弱みへと転じることを理解しておく必要があるだろう。そうした日本経済の弱点を克服するには、企業の業態転換や労働者の転職を促す経済政策の推進が求められる。

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