「生活者1万人アンケート」調査結果に見る消費者の暗号資産保有行動
コロナ禍で若年層を中心に証券投資の裾野が拡大し話題となっている。老後の生活への不安などから長期投資への意識が高まり、NISAやiDeCoなど税制優遇を活用したり、積立投資を実践したりする動きにつながったようだ。
一方、海外に目を転じると、個人投資家による米国のミーム株騒動や暗号資産価格の乱高下といった高リスク投資の話題も多く、身の丈にあわない投資を懸念する声が聞かれた。日本でこうした懸念は杞憂だろうか。
本コラムでは、消費者の暗号資産保有行動に注目した。暗号資産への投資は短期の値上がり益を期待する投機的要素が強調されるが、株、投信といった伝統的なリスク資産を補う、コアサテライト運用の「サテライト」として利用することも考えられる。業界統計によると、昨年、暗号資産交換業者の利用者口座数、残高は大幅に伸びた(注1)。消費者に長期投資の意識が高まる中、暗号資産は消費者にどう受けとめられているのだろうか。
NRIでは3年ごとに「生活者1万人アンケート調査」を実施しており、その中で回答者に保有金融資産について質問している。2021年調査(2021年8月実施)の結果から暗号資産の(1)普及度、(2)保有者のプロファイル、(3)保有者が他に保有するリスク資産を確認し、消費者の暗号資産保有行動を探ってみた。
暗号資産の保有者率は1.7%、3年前調査の1.5倍に
まず、暗号資産の普及度を消費者の保有率の動向で確認したい。図表1は、2018年と2021年調査における回答者(15~80歳の男女)の4つのリスク資産(株式、投信、FX、暗号資産)の保有率を示したものである。
2021年調査では、回答者の1.7%が暗号資産を保有していた。3年前調査の1.1%からは+0.5%ポイントとなり、有意な上昇が観測された。投信保有率の+1.9%ポイントには及ばないが、保有率の増加率では4資産で最も大きい1.5倍(=1.7%/1.1%)となった。
日本の人口及び人口構成(年齢層、性別)から試算すると2021年の暗号資産の保有者(15-80歳)は約180万人と推計できる。この数字を、同様に推計した投信の保有者(1,157万人)で単純に割ると16%。暗号資産保有者人口は投信保有者のおよそ6分の1と推測できる。
図表1 リスク資産の保有率
暗号資産は若年層、男性に人気。保有者のうち低所得世帯の割合は、他のリスク資産と同程度
次に、暗号資産保有者の属性(性、年齢)と家計状況(所得、資産)を見てみたい(注2)。
① 属性
2021年調査では、暗号資産を保有していると回答した人の男性比率、平均年齢はそれぞれ71%、42歳だった。回答者全体と比べて男性比率は高く平均年齢は低い(図表2)。FXと同じように、若年層、男性に人気の高い商品と言える。伝統的なリスク資産である投信や株式の保有者と比較すると、平均年齢は低いが、回答者全体より男性比率が高い点で共通する。ただし投信保有者と比べるとさらに保有者が男性に偏っている。
4つのリスク資産(株式、投信、FX、暗号資産)の保有者属性(男性比率、平均年齢)を2018年調査と比較すると、若年層への普及が指摘される投信で有意な平均年齢の低下が観測できたが、暗号資産を含む他の3つのリスク資産では特に変化は観測されなかった。
② 家計状況
暗号資産は価格変動が極めて大きいため、リスクが高く、収入が少ない人の投資先として適していない可能性がある。そこで便宜的に、世帯収入が「300万円未満(「なし」を含む)」を暗号資産の保有に適さない条件と想定(注3)。暗号資産保有者全体に占める不適合な人の割合を確認すると8.3%となった。この数字は他のリスク資産とほぼ横並び(注4)で、他のリスク資産に比べて特に低収入世帯で暗号資産が保有される傾向は見られなかった。
図表2 リスク資産保有者のプロフィール(2021年)
暗号資産保有者の3分の2が他のリスク資産と並行して利用
最後に、暗号資産の保有者が他に保有するリスク資産のタイプ(株式、投信、FX)を確認する。他にリスク資産を保有していれば、それなりに投資経験があること、不安定な暗号資産一本足打法の投資でないことが示唆される。伝統的なリスク資産である株式や投信を保有していれば、コアとなる資産運用が並行して行われている可能性もありそうだ。
まず、暗号資産保有者のうち3タイプのリスク資産(株式、投信、FX)のいずれか1タイプでも保有している人の割合を見ると67%だった。暗号資産保有者の3分の2は暗号資産を何らかのリスク資産と並行して保有しているということである。暗号資産保有者で伝統的なリスク資産(株式、投信)のいずれかを保有する者の割合でも64%に上った。
次に、これら3タイプのリスク資産保有者の暗号資産保有行動に着目し、非保有者と比較してみた(図表3)。リスク資産保有者の暗号資産保有率は、非保有者に比べて圧倒的に高い。中でも、暗号資産と同様に投機性の高いFXの保有者の暗号資産保有率は約3割、FX非保有者の20倍以上となった。暗号資産はもともとりスク志向の強い人が他のリスク金融資産とともに保有する傾向があると想像できる。
以上の「生活者1万人アンケート調査」の分析結果から、暗号資産の保有者は3年前から増加したが、高リスク資産の保有が適していない低収入世帯で特に多く保有されている傾向は見られず、保有者の3分の2は他のリスク資産とともに保有していることが示唆された。本調査では暗号資産の保有金額や保有目的を質問していないため暗号資産保有者が実際にどの程度リスクを負担しているかわからない面も多い。しかし、今回の分析を暗号資産のリスク特性と投資家のプロファイルとのミスマッチは限定的と推測する材料と見ることは可能ではないだろうか。
図表3 リスク資産保有者の暗号資産保有率(2021年)
英国消費者の暗号資産保有行動
英国ではFCA(金融行為規制機構)が2019年から消費者の暗号資産保有や認知に関する調査をいくつか行っている 。ここでは2021年1月に実施されたアンケート調査の結果(注5)から、英国消費者の暗号資産保有行動について、本文の日本の分析ではわからなかった「一人当たり保有額」「保有の動機」を含む4つのポイントを紹介したい。
(1)保有者の規模
英国成人の4.4%(230万人)が保有。ほぼ1年前の前回調査(2019年12月実施)の3.9%から上昇した。本文で示した日本の推計は1.7%(180万人)だったので、英国の方が日本より暗号資産の普及度は高い可能性がある。
(2)一人当たり保有額
保有者の保有額の中央値は300ポンド。日本円で5万円にも満たず、多くの保有者が、暗号資産を重要な資産運用の手段として利用していないことがうかがえる。1万ポンド以上の保有は12%だった(この質問では無回答が42%を占め、回答があった者だけを分母としている)。
(3)保有の動機
「暗号資産を購入した主な動機は何か?」に対する購入経験者の回答の1位は、「利益や損失を伴うギャンブルとして」(38%)、2位は「投資ポートフォリオの一部として」(30%)だった(複数回答)。前回調査と比較して1位の「ギャンブル」が9%ポイント低下し、2位の「投資ポートフォリオ」が5%ポイント上昇した。この結果から、消費者の暗号資産に対する態度が変化し暗号資産をギャンブルとみる人が減ってメインストリームの補完、代替とみるが増えているのではないかとFCAは分析している。
(4)保有に伴う悪影響
FCAでは暗号資産の保有が悪影響をもたらす可能性のある要因として、①低所得(リスク負担能力が限定的)、②規制による保護に関する誤った理解、③暗号資産の購入に借入を利用、④暗号資産に対する理解不足、の4項目を挙げ、それぞれの項目に当たる購入経験者の比率を調査。例外はあるものの、2つ以上の項目に当てはまった購入経験者は多くなかったと結論づけた。
FCAの分析では、①の低所得を「世帯所得2万ポンド未満」と定義しており、暗号資産購入経験者のうち15%がこれに当てはまった。本文の日本の分析でも低所得を「世帯収入300万円未満」と英国に近い金額で定義したところ8.3%となった。暗号資産保有者に占める低所得者の割合は日本の方が低いのかもしれない。
(注1)一般社団法人日本暗号資産取引業協会によると、2021年11月末の利用者の暗号資産残高は1.8兆円、稼働口座数は312万口座と、それぞれ前年同期比2.9倍、1.4倍になった。
(注2)暗号資産保有者のサンプルは2018年、2021年それぞれN=109、163。
(注3)「ボックス」を参照のこと。英国FCAの暗号資産保有行動分析における「暗号資産の保有が悪影響をもたらす可能性のある要因」の項目に倣った。
(注4)株式、投信、FXの保有者に占める世帯年収300万円未満の人の割合は、それぞれ8.7%、10.3%、9.2%だった。
(注5)FCA, 2021, "Research Note: Cryptoasset consumer research 2021"
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