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米国におけるESG投信の開示規則提案をめぐる議論

2022/08/17

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環境、社会、企業ガバナンス(ESG)要因を考慮するESG投信による「グリーンウォッシュ」への懸念が高まる中、開示規制などを整備して対応する動きが世界的に進展している。日本でも5月に金融庁が「ESG投信を取り扱う資産運用会社への期待」を公表。投資家が商品内容を正しく理解し適切な投資判断を行えるよう開示の充実を求めた。「本年度末を目途に監督指針について所要の措置を講じる予定」であることも示されている。

ESG投信の開示規制などを整備する動きではEUが先行する。しかし本コラムでは、今年5月に米国で証券取引委員会(SEC)が提案したESG投信の開示規則案をめぐる議論に注目したい。米国の議論は、投資家の投資判断に真に資する情報をどう提供するかという観点からESG投信の開示規制のあり方について有益なヒントを示しているように見えるからである。

SECの提案では、ESG投信に特化した開示規制の必要性が特に投資家保護の観点から説明されている。EUなどとは異なり、新たな開示によってアセットマネジャーや企業の行動変容を促しサステナブルファイナンスの推進につなげるという観点は一旦議論の外に置かれる(注1)。気候変動リスクへの対応はバイデン政権の最重要課題だが、SECのミッション(投資家保護、公正で秩序ある効率的な市場の堅持、資本形成の促進)とは直接関係しないため、議会で新たに授権されない限り(注2)、そうした開示義務を導入するのは難しい面がある。バイデン政権としてはSECの権限の範囲内で最大限に政策課題を実現する提案を行うことになる。

今回のESG投信の開示規則提案について、SECは投資家に「一貫性のある比較可能かつ信頼性の高い情報」の提供を図るものと強調する。これに対して、提案に対するSEC委員の投票は、賛成3反対1であった。反対票を投じた共和党のピアース委員は、「提案ではSECの描くような投資家の意思決定に資する情報は提供できない。提案が求める開示は、提案の趣旨に反して暗黙のうちにファンドを通じてESGの課題に取り組むよう企業に圧力をかけようとしている」と批判した(注3)。

ピアース委員の主張は、サステナブルファイナンスの推進を図る国際的な潮流に反しているようにも見える。しかし同氏の主張には、ESGに特化した開示規制を設計する際に考慮すべき重要なヒントが含まれているように思われる。

本稿では、以下、(1)SEC提案のポイント、(2)ピアーズ氏の反対意見、を確認し、(3)米国の議論から得られる示唆について考察した後、(4)今後の議論の行方について簡単に言及したい。

(1)SEC提案のポイント

SECはESG投信のグリーンウォッシュ対策に関連して、今回、ESG戦略に取り組む投信と運用会社の開示規則の提案に加え、ファンドの名称を規制する「名称規制」をESG投信に適用する提案も行っている(注4)。ここではESG投信の開示規制のみを取り上げる。ポイントは3つ。

第一に、投資プロセスにおいてESG要因の考慮がどれだけ主要な位置づけかによってESG投信を「インテグレーションファンド」(ESG要因は他の要因と比べて決定的に重要ではない)と「ESGフォーカスファンド」(ESG要因を重要または主たる要因として着目)に分類。前者は簡潔に、後者は考慮するESG要因やESG戦略に応じて詳細に、ファンドのESG戦略の説明を目論見書で行うことを求めた(注5)。

第二に、目論見書の開示では、投資家が一目でESG投信を比較しやすいように、サマリーセクションにおいてインテグレーションファンドは2,3文で、ESGフォーカスファンドはテンプレート表を用いて簡潔にESG戦略の説明を行うことを求めた。詳細は別途、法定目論見書での説明を求めている。

第三に、一部のESGフォーカスファンドについては、目論見書の情報を補完するため、年次報告で具体的な指標の数字を含む情報の提供を求めた。具体的には、(1)インパクトファンドは、期間中に達成したインパクトの定量的・定性的情報、(2)環境要因を考慮するESGフォーカスファンドは、ポートフォリオ全体の温室効果ガス排出量、(3)議決権行使やそれ以外のエンゲージメントをESG戦略の重要な手段として利用するファンドは、ESG関連の議案でイニシアチブの推進に賛成した割合、ESG関連のエンゲージメントミーティングを開催した企業の数や割合などである。

(2)ピアース委員の反対意見

提案に反対したピアース委員もESG投信のグリーンウォッシュは懸念すべき問題だと認めるが、現行の規制でも取り締まりは可能で新規制を導入する優先度は低いと主張する。

その上で、①ファンドがEやSやGを標榜する場合、それがどのような意味を表すのか、②ファンドが定義したE、S、Gの意味に沿った商品にするため何を行っているのか、③E、S、Gの目的に沿うために投資家が負担するコスト(リターン機会の喪失など)は何か、という3つの質問に説明を求める開示の提案なら賛成していた、と述べた。

ピアース氏はSECの提案が求める開示にもこれらの質問と重なる面はあるがアプローチが根本的に異なると指摘。特に2つの問題点を指摘した。

第一に、開示規制がESGという曖昧な概念に基づいて構築されているということである。今回の提案でSECは意図的にESGを定義しなかったが、「そもそもE、S、Gを適切に定義することは不可能で、あるファンドがESG要因を投資プロセスに組み入れているか判断するのは難しい。そのため、実務レベルでは規則を執行できない」と指摘した。

第二に、開示規制が、「アクティビスト(またはステークホルダー)たちが自分たちのアジェンダに非協力的な企業に対してそうしたアジェンダに通じる方針を導入させたり、従わない企業を罰したりする」ための仕組みとして利用されている、ということである。例えば、「投資先企業のESG関連議案への賛成率」の開示は、ファンドがその議決に懸念する要素があると考えても反対しづらく賛成票を投じる圧力となっている、と指摘した。

(3)考察

こうしたSEC提案をめぐる米国の議論は、サステナブルファイナンスを官民で推進するわが国の状況にそのまま当てはめることはできない。しかし、ESG投信に特化した開示規制のあり方を特に投資家保護の側面から考えるときにはいくつかヒントになる示唆があるのではないか。

第一に、SEC提案が要求するテンプレートを用いた簡潔なESG戦略の説明などは、リテール投資家がより正確にファンドのESG戦略についてイメージする助けとなるかもしれない。共通テンプレートが用いられることで他の投信との比較可能性も高そうである。

第二に、ESG投信という括りで共通の基準で開示を求めると、何がESG投信に当たるのかという問題に必ずぶつかる。ピアース委員が指摘するように、規制を遵守しているか判断は難しく恣意的にならずに執行するのは難しそうである。

SECの提案においても、「インテグレーションファンド」の定義が広すぎたり狭すぎたりしないか、通常のファンダメンタルに基づく分析を行うファンドが企業のガバナンス要因を考慮しているという理由で「インテグレーションファンド」に含まれることはないか(あるいは含めるべきか)について特に意見の募集を求めており、適切なアプローチを模索していることがうかがえる。一方、ピアース委員が言及した「ファンドがEやSやGを標榜する場合に、それに関連する説明を求める」アプローチであれば、こうした問題は回避できそうだ。

第三に、具体的な指標の開示は横並びで比較できるため、投信や運用会社に行動変容を促す効果が期待できるが、思わぬ行動を引き起こす可能性があることを十分考慮する必要がある。

例えば上述のように、SECの提案では、環境要因を考慮するすべてのESGフォーカスファンドに温室効果ガス排出量の開示を求めている(投資戦略で排出量を考慮していないと明示的に示した場合を除く)。これに対してピアース委員は、「環境ファンドは一枚岩ではない」のに、提案は水質や生物多様性にフォーカスしているファンドにも排出量をトラックするよう示唆していると主張する。こうした規制は、温室効果ガス以外の環境要因に特化したファンドを作りづらくするなど、ファンドの設計に影響を与える可能性もありそうだ。

(4)提案の行方

本提案については、SEC委員の構成(民主党3、共和党2)を考えれば何らかの形で最終的に採択される可能性は高いと見る向きもある(注6)。しかし一方で、提案が採択された場合でも、差し止め訴訟などの対象となる可能性も指摘される(注7)。

6月末には、発電所の温室効果ガス排出を制限する環境保護局(EPA)の規則について、「議会はそうした権限をEPAに与えていない」とする判決を連邦最高裁が下し、バイデン政権に衝撃を与えた。行政機関に与えられた権限を利用して政権が自らの政策を実現しようとする手法に釘をさすもので、今後SECの提案している規制などが標的にされるのは明白とも指摘される(注8)。3月に提案された上場企業の気候変動開示提案とともに、本提案もターゲットとされる可能性は否定できない。


(注1)例えば、SECのCrenshaw委員は提案について、「本規則(案)はESG投資のもたらす利益やリスクに関して中立的な立場にある」、「委員会の関心は、投資家に対するファンド開示の信頼性や十分性、および投資家が情報に基づき投資の意思決定を行えるような一貫性のある枠組みの提供、にある」、「提案はSECがESG投資の良し悪しに介入したり、マネジャーやファンドの投資戦略に口出しするものではない」と述べている。(Crenshaw, "Statement on Proposed Rule Requiring Enhanced Disclosure by Certain Investment Advisers and Investment Companies on ESG Investment Practices" (May 25, 2022))
(注2)実際、議会にも、SECに対してESG開示に関する権限を与えようとする動きはある。下院本会議では昨年、34年証券取引所法を修正してSECに対して上場企業のESG開示に関連する規則制定を求める法案(H.R.1187)が僅差(賛成215票、反対214票)で可決されている。
(注3)Pierce, "Statement on Environmental, Social, and Governance Disclosures for Investment Advisers and Investment Companies"(May 25, 2022)
(注4)それぞれの提案の全体像については、ファクトシート"Amendment to the Fund "Names Rule""、 "ESG Disclosures for Investment Advisers and Investment Companies" を参考のこと。
(注5) 「インパクトファンド」は「ESGフォーカスファンド」のサブカテゴリーとして位置づけられ、追加的にインパクトの計測方法の説明などが求められる。
(注6)Runyan et al, "SEC Propose Pair of Long-Awaited ESG Rule; Non-ESG Funds Swept Up as Well"", Kirkland Alert (Kirkland & Ellis)(June 3, 2022)
(注7)Hupart et al, "SEC Proposes Regulations to Address "Greenwashing" by Investment Funds", The National Law Review (June 15, 2022)
(注8)"Supreme Court Climate Ruling Adds Obstacles to SEC Policies", Wall Street Journal (July 1 2022)

執筆者情報

  • 國見 和史

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    契約研究員

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