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ECBの12月政策理事会のAccount-flexibility

2022/01/21

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はじめに

ECBの12月の政策理事会は、本年3月でPEPPを終了し、その後はAPPを増額するものの、本年を通じて段階的に減少する方針を決定した。理事会メンバーの間では中期的なインフレ動向やそれに伴う政策運営について、様々な見方が示された。

経済情勢の評価

レーン理事は、実質GDPが2021年中に概ねCovid-19以前の水準を回復したと指摘し、サービス業も回復している点を歓迎した。もっとも、製造業は資源と資材の双方の供給制約の影響を受けており、熟練労働力の不足も生じていると説明した。また、供給制約は住宅投資と設備投資の双方にも影響しているとし、家計の実質購買力の低下が消費に与える影響にも懸念を示した。

労働市場は力強く拡大しているが、域内国の雇用支持策の効果を除くと足許の失業率は9%程度であり、労働力人口もCovid-19以前の水準に回復していないと説明した。同時に未充足求人が統計開始以来の高水準となるなどミスマッチの深刻さも示唆した。

これらを踏まえ、執行部による見通しは2022年は供給制約やCovid-19の影響を考慮して下方修正したが、その後は上方修正した。レーン理事は、先行きのリスクも上下にバランスしていると評価し、上方要因として家計貯蓄の取り崩し、下方要因としてCovid-19の深刻化やエネルギー価格の高騰を挙げた。

理事会メンバーもこうした見方に幅広く(broadly)合意し、Covid-19による経済活動への影響が弱まってきた可能性を指摘したが、経済は正常化していない(not out of the woods)点も確認した。

物価情勢の評価

レーン理事は、インフレの主因がエネルギー価格にある点を確認しつつ、コアインフレも加速し、非常に広範な財やサービスの価格が上昇した点を指摘した。また、Covid-19による(供給制約の)寄与を正確に把握することは困難としつつ、川上の価格上昇を踏まえると、HICPへの上昇圧力は継続するとの見方を示した。

賃金については、契約賃金の上昇率が昨年3Qで1.3%と抑制されており、二次的効果の発生に否定的な見方を示したが、域内国で物価連動による最低賃金の顕著な引上げが生ずる可能性を示唆した。この間、中長期のインフレ期待も上昇したが、依然として2%以下であると説明した。

これらを踏まえ、執行部による見通しは2022年を大幅に上方修正した。その後は2%目標を下回るとした一方、労働のslackの吸収と賃金上昇、インフレ期待の改善により目標とのギャップは大きくないとした。レーン理事は、物価と賃金との関係の変化や景気回復の加速によって、インフレが上振れするリスクを指摘した。

理事会メンバーもこうした見方に概ね合意(largely concur)した。 2022年見通しの大幅な上方修正には、ECBの信認を損なうとの批判もみられたが、エネルギー価格の上昇による影響が2/3を占めるとの指摘と、広範な価格上昇がみられるとの反論がなされた。

2023年以降も、民間エコノミストもインフレ率の減速見通しを共有しているとの指摘があった一方、GFC前のような物価環境に回帰することへの期待も示された。その上で、Covid-19前のデータによる計量モデルでは構造変化を把握しえない恐れがあるとして、最新の経済指標に注意する必要が示された。

賃金についても、二次的効果は発生しておらず、執行部見通しと整合的になるには賃金設定の構造変化が必要との指摘があった一方で、実際のインフレ率が目標を上回り続ければ、中長期のインフレ期待の上昇を通じて賃金に波及しうるとの反論がなされた。また、賃金の動きは遅行するとして、雇用支持策の影響の残存に注意すべきとの指摘や、ULCの動きは抑制的だが、生産性の推計にも不確実性が高い点への留意などが示された。

理事会メンバーはインフレ期待の見方を確認した一方、今後のリスクは、Covid-19による上方圧力と下方圧力のバランスが不透明と指摘した。また、エネルギー価格を市場の先物カーブに依拠することの問題や、今後数年に炭素価格が上昇することやHICPに帰属家賃を取り込むことの効果等に留意が示された。

政策判断

レーン理事は、景気回復が中期の物価目標に向けて進捗したとの判断に基づき、資産買入れの段階的な減少を提案した。また、物価目標の達成には緩和的な金融環境の維持が必要であると同時に、インフレの上振れへの柔軟性も必要と指摘した。

理事会メンバーも、シュナーベル理事による評価に合意しつつ金融環境が依然として緩和的である点を確認し、域内国債の利回りが低位に維持されている点や社債利回りは上昇したが新株発行コストが低下したこと、ユーロ相場が減価した点を挙げた。

また、金融政策の緩やかな正常化に幅広く(broadly)合意した一方、金融緩和が必要との考えにも合意し、供給制約の解消後のインフレの重要性を確認した。その上で、政策金利に関するフォワードガイダンスや保有資産の大きさと再投資政策などによる緩和効果と、PEPPの終了やその後のTLTRO IIIの条件変更に伴う引締め効果の双方が確認された。

今後も経済に関する不確実性が高い下で、漸進的で経済指標に即した柔軟なアプローチの重要性が確認されたほか、資産買入れ拡大は、市場機能や金融安定の面でコストが大きいとの指摘もなされた。

政策変更のうちPEPPの終了については、危機の終了を示唆するのは早計との懸念もみられたが、2022年にGDPがCovid-19前の水準を回復する点も確認された。一方、保有資産の再投資を2024年末まで延長することには、市場のfragmentationの防止のメリットと、金融緩和の継続の思惑を生ずるコストの双方が指摘され、イールドカーブのフラット化のリスクも示唆された。

PEPPで導入された買入れの柔軟性についても、今後も政策の波及に支障が生じた場合に活用すべきとの意見と、Covid-19に固有の問題への対応と位置付けるべきとの意見が分かれた。この間、APPの4月以降の増額については、インフレの展開によって買入れ規模の縮小や予定より早期での終了などの柔軟性が必要として、2022年以降も買入れが継続するとの思惑を避けるべきとの指摘もなされた。

最後に政策金利に関しては、現在のフォワードガイダンスが必要な柔軟性を具備していると指摘し、中期のインフレ見通しが目標を超えれば、緩やかな利上げを開始する方針を確認した。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニア研究員

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