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米連邦議会下院でのStablecoinに関する公聴会

2022/02/10

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はじめに

米連邦議会下院の金融サービス委員会は、大統領金融市場ワーキンググループ(PWG)が昨年11月に公表したステーブルコインの監督に関する報告書をもとに、財務省(国内金融担当のリャン財務次官補)に対する公聴会を開催した。本コラムでは前半(1時間強)の議論をもとに主な論点を検討する。なお、報告書自体の内容は当コラム「米国政府によるStablecoinに対する規制方針」(2021年11月2日)を参照されたい。

発行体の適格性

PWGの報告書は、ステーブルコインの発行体を預金保険制度の対象下にある国法銀行に限定すべきと提言している。その趣旨は、言うまでもなくシステミックリスクの防止と債権者保護にあり、民主党ではウォーターズ委員長がこの点を確認した。

これに対し共和党のマクヘンリーが反論し、ドッド・フランク法以来の金融規制は銀行のリスクテイクを抑制することに注力してきたのに、銀行にステーブルコインを発行させることはこうした流れに逆行すると批判した。

リャン氏は、ステーブルコインによる金融安定への影響を抑制するには、「参照資産」の健全性やシステムの頑健性などを含む幅広い対応が必要と回答した。ステーブルコインが(暗号資産の取引だけでなく)より一般的な支払・決済に使用される状況まで展望すれば、PWG報告書の方向性には一定の合理性がある。

「参照資産」の管理

ステーブルコインにとっては、支払・決済手段としての価値を安定させるだけでなく、利用者の保護や「取り付け」を通じたシステミックリスクの顕在化の防止のため、発行体が保有する資産の内容や管理が重要な要素となる。ちなみに、リャン氏はこれを裏付け資産でなく「参照資産」と呼んでおり、多くのステーブルコインで厳格な紐づけが行われていない実態を考慮したものと思われる。

民主党のウォーターズ委員長やベラスケス議員は、規制によって適格な「参照資産」を米国債等の安全資産に限定すべきことや、発行体による「参照資産」の管理を金融当局が厳格に監督すべきことを主張し、リャン氏もPWG報告書に即した考え方として基本的に合意した。

このほか、民主党のグリーン議員は、(ステーブルコインではないが)法定通貨との交換可能性の希薄な暗号資産を単なる金融投機の対象として厳しく批判し、最終的に価値が消滅することで保有者に損失をもたらすリスクが高いとの懸念を示した。

イノベーションの促進

PWGの報告書も、ステーブルコインを含む暗号通貨がイノベーションの促進を通じて金融経済にメリットをもたらすことは認めている。この点に関し、共和党のホイジンガ議員は、CBDCが民間のイノベーションを阻害しないようにすべきとの考えを確認した。

さらに共和党のマクヘンリー議員は、先に見た発行体の適格性との関係で、ステーブルコインの発行を銀行に限定するとイノベーションの進行を阻害すると主張した。因みに、これに近い考え方は当方が主宰する「通貨と銀行の将来を考える研究会」でも示され、昨年12月に公表した進捗報告にも反映している。

銀行によるイノベーションを一概に批判することはフェアではないほか、仮にそうした観察が正しいとしても、その理由がビジネスモデルやガバナンスといった銀行自身の問題に起因するのか、規制や監督の結果であるのかを明らかにする必要がある。

金融包摂への貢献

PWGの報告書は、デジタル通貨の導入が金融包摂に貢献すべきとの立場をとる一方、ステーブルコインが巨大IT企業による発行等を通じて情報や金融サービスの独占に伴う弊害をもたらす可能性も指摘している。民主党側は、ウォーターズ委員長やシャーマン議員、スコット議員が金融包摂の重要性を確認した上で、ステーブルコインの貢献に懐疑的な見方を示した。

これに対しリャン氏は、適切に設計され運営されたステーブルコインであれば、スマートフォンによる支払・決済などによって、銀行支店のない地域の人々に対する金融包摂に貢献しうるとの考えを示したほか、そうしたメリットはクロスボーダー取引で発揮されやすいと説明した。こうした議論は、CBDCに対する米国当局のスタンスとの関係でも注目する必要がある。

規制や監督の枠組み

PWG報告書はステーブルコインに対する規制や監督の枠組みに様々な課題があるとの問題意識に基づいて作成されたので、今回の公聴会でもあり方が議論の焦点となった。その上で、この問題はいくつかの論点を含んでいる。

第一に、同報告書が提起した課題は規制や監督の分断である。これは米国の金融安定に常に付きまとう課題である。しかし、ステーブルコインは支払・決済手段であるとともに、「参照資産」の性格はミューチュアルファンドに近いだけに、どの金融当局が主たる役割を担うべきかという新たな問題も惹起している。だからこそ、本来はPWGメンバーでないOCCとFDICが報告書の作成に参加した訳である。

PWG報告書は必ずしも明確な方針を示していないが、リャン氏がステーブルコインの支払・決済手段としての特性に主に着目しつつ検討したと説明したように、議長の財務省は通貨当局(FRBやOCC)を念頭に置いていると推察される。しかし、共和党のホイジンガ議員が指摘したように、SECなどは必ずしもそうした考えに賛同していない可能性もある。

第二に、共和党のマクヘンリー議員やワグナー議員が強調したのは、既に州レベルで適切な規制や監督が実施されているので、連邦レベルでの新たな対応は不要との意見である。この意見は、単に共和党の分権主義や地元の利害を反映しているだけでなく、ニューヨーク州のように金融都市の当局はイノベーションとのバランスも含めて適切に対応しうるとの判断を含む点で、一定の合理性を有する。

もっとも、これが規制や監督の分断の一端であるだけでなく、民主党のベラスケス議員がプエルトリコに暗号資産の発行体が拠点を置く点を指摘しつつ反論したように、規制の裁定を生ずる懸念もある。さらに言えば、GFCの際には保険業の第一義的監督が各州の当局に委ねられていた点が問題を複雑化した経緯もある。リャン氏も、各州の当局と密接に議論した上で報告書を公表したと回答し、連邦レベルの規制や監督の合理性を確認した。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニア研究員

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