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日銀の政策対応を巡る議論-Banking on the future

2022/05/09

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はじめに

海外主要国の中央銀行によるインフレ対応が進展する中で、日銀による金融緩和の維持の妥当性を巡る議論は、これから一層活発になることが見込まれる。いずれにしても、より建設的な議論となるよう、主な論点の妥当性を検討しておきたい。

循環的な視点に基づく批判と対応

今次局面における金融緩和への批判が、円安を通じて輸入インフレを加速し、家計や企業の実質購買力を損なっているとの懸念に主として基づくことは言うまでもない。また、そうした指摘自体は経済指標による裏付けも得ている。従って、日銀が反論するのであれば、金融緩和が実質購買力の喪失を超える恩恵を経済にもたらしている点を説得的に示す必要がある。

実際、4月のMPM後の定例会見で、黒田総裁は景気回復のモメンタムが弱い点を強調しつつ、金融緩和による需要の下支えが不可欠と主張した。また、マクロ的には企業収益が高水準であるほか、家計もコロナ期の「強制貯蓄」を有しているとして、輸入インフレの負担を吸収しうるとの議論を展開した。

問題は、実質購買力の喪失の負担が企業にせよ個人にせよ、相対的に脆弱な領域で大きくなりやすい点である。こうした領域の支援は、焦点を絞った財政政策の方が効果的かつ効率的であり、政府は様々な対策を導入し始めている。それでも、日銀もそうしたコストをきちんと考慮に入れた上で、政府と役割分担をしている点を丁寧に説明することには意味がある。

構造的な視点に基づく批判:インフレ圧力の持続性

しかし、日銀の金融緩和に対するより本質的な批判は、構造的な視点に基づくものである。こうした批判は大きく二つに分けられるが、第一にインフレ圧力が「一時的」で済むのかという懸念に基づく議論がみられる。

確かに、来年も輸入インフレが高止まりするには、エネルギーや食料品の価格が既往の急騰後にさらに顕著に上昇する必要がある点で、黒田総裁が強調するように経験則からみて蓋然性は高くない。こうした見方は、日銀による政策運営の選択に大きく関係している。

つまり、黒田総裁が今回の記者会見で確認したことは、金融緩和の継続を通じて需給ギャップをプラス方向に維持し、基調的なインフレとインフレ期待を押し上げることでインフレ目標の達成を図る方針である。このように地道な戦略を維持することには、「一時的」なインフレ圧力ではインフレ期待の押し上げは期待できないとの判断が深く関係している。

実際、今回の物価見通しは、総合インフレ率は来年度以降に減速する一方、「コアコア」インフレ率は2024年度にかけて緩やかな加速を示す姿となっている。

もっとも、欧州諸国によるロシア産エネルギーからの転換の影響は、むしろ今年の冬から深刻化しうる。同様にウクライナ侵攻による穀物生産への影響も来年にかけて深刻化しうる。加えて、欧州以外の諸国にも、経済安全保障の観点からサプライチェーン全般を見直す動きが拡大しうる。

もちろん、これらは日銀に限らず中央銀行が直接対応しうる領域ではないし、政治的な側面も含めて不透明性が高いので物価見通しの中心シナリオに置くことはできない。それでも、日銀にはインフレ期待への影響に注意する必要が残る。

「量的・質的金融緩和」を通じて確認されたことは、家計や企業による「適応的期待形成」の強さである。しかし、理由の如何に拘らず高インフレが続けば、インフレ期待も上昇する可能性があることも意味する。つまり、インフレ圧力が結果的に継続した場合には、金融緩和の継続の妥当性にも大きな影響が生じうる。

もちろん日銀にとっては、今回の輸入インフレを奇貨としてインフレ期待が上昇するのであれば思わぬ幸運でもある。一方で、日本を含む主要国での低インフレ環境に構造的な変化が生じつつあるとすれば、インフレ期待がむしろ望ましくないタイミングで上昇し始めることになりうる。その意味で、将来にかけてのインフレ期待の上昇は「諸刃の剣」という側面も有している。

構造的な視点に基づく批判:金融緩和の長期化

構造的な視点に基づく批判としては、第二に金融緩和の長期化に伴う副作用への懸念に基づく議論もみられる。

日銀が展望レポートで示したように、基調的インフレ率の改善にはさらに数年を要するほか、金融緩和による需給ギャップの改善という、合理的だが(フィリップスカーブのフラット化を踏まえると)困難な戦略を固持する以上、金融緩和が一段と長期化することが見込まれる。

効率的な資源配分を実現するための金融機能の低下や家計による資産形成の阻害といった副作用に累積的な側面が存在するのであれば、金融緩和の継続に伴う恩恵と副作用とのバランスが悪化しているとの懸念には合理性が高まりうる。先に見た循環的な視点に基づく批判への対応と同じく、日銀は長期的にも恩恵が相対的に大きいことを定量的に示す必要がある。

加えて、今回の「指値オペ」の常態化は、将来に景気や物価が好転しても、金融政策の正常化には難点が存在することを示唆している。そうした局面でははるかに強い金利上昇圧力が生じているはずであり、日銀が市場金利のソフトランディングを誘導することは、「指値オペ」の運営だけでなく、市場との対話も含めて決して容易ではないからである。

その意味でも、イールドカーブ・コントロールの運営に不連続な「崖」が生じないよう、金融政策の本格的な正常化に先行する形で運営の見直し戦略を示唆することには意味がある。

インフレ目標のガバナンス

日銀と他の主要国の中央銀行は、足許の政策の方向こそ異なるが、国民の代表である議会で決定した法律に即して物価目標の達成を目指している点では共通している。その上で、目標の具体化や達成のための政策手段の運営は、基本的に中央銀行に付託されている点も共通している。

しかしそれだけに、中央銀行は付託された内容を適切に遂行していることの説明責任も有している。企業や家計、市場が納得する説明を行うことは、インフレ目標をどちらの方向から回復するかに拘らず、日本を含む主要国で一段と重要になっている。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニア研究員

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