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ECBのラガルド総裁の記者会見-a step in a journey

2022/06/10

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はじめに

ECBの6月政策理事会は、APPによる資産買入れの7月初での停止を決定したほか、次回会合(7月)での利上げ開始(25bp)を予告した(ラガルド総裁は全会一致と説明)。また、次々回(9月)にも利上げを行うだけでなく、中期のインフレ見通しが横這いないし悪化(上昇)であれば、50bpとする考えも示唆した。

経済情勢の評価

ラガルド総裁は、冒頭説明で、足許の経済活動がエネルギーコストの高騰、交易条件の悪化、先行きの不透明性に悪影響を受けている点を確認した。もっとも、Covid-19の抑制を受けた経済活動の再開、労働市場の改善、コロナ期の超過貯蓄により景気は今後に回復するとの見方も示し、インフレによる実質購買力の低下も焦点を絞った財政政策で緩和されるとの期待を示した。

執行部による実質GDP成長率の新たな見通しは、2022~24にかけて+2.8%→+2.1%→+2.1%となり、前回(3月)に比べて、2022~23年が各々0.9ppと0.7ppの大幅な下方修正となった(2024年は0.5ppの上方修正)。もっとも、IMFのWEO(4月)やECB幹部のコメントなどから想定される範囲に止まったほか、2024年にかけて潜在成長率を上回ることが想定されている。

ラガルド総裁も先行きのリスクが下方に傾いている点を認めたが、記者が景気減速の恐れを示したのに対しては、上記のように下方要因だけでなく上方要因もある点を指摘し、過度な懸念の必要性を否定した。

物価情勢の評価

ラガルド総裁は、同じく冒頭説明で、ロシアのウクライナ侵攻の影響も含めて、エネルギーと食品の価格上昇が引続き高インフレの主因である点を確認した。もっとも、価格上昇が広範な財やサービスに拡大しており(質疑では75%の品目が2%以上上昇と説明)、当面はインフレ率が望ましくない水準に止まるとの懸念を示した一方、その後はエネルギー価格の落ち着きやCovi-19関連の供給制約の緩和、金融政策の正常化によって、インフレ率が減速していくとの期待を示した。

執行部によるHICPインフレ率の新たな見通しは、2022~24にかけて+6.8%→+3.5%→+2.1%となり、前回(3月)に比べて、2022~23年が各々1.7ppと1.4ppの大幅な上方修正となったほか、2024年も0.2ppの上方修正となって2%を超えた。もっとも、こうした大幅な上昇修正も想定の範囲に止まったといえる。

ラガルド総裁は先行きのリスクも上方に傾いている点を認め、エネルギーや食品の価格上昇が想定以上に長期化する恐れに懸念を示した。併せて、質疑応答への回答を含めて、賃金上昇への二次的効果がこれから顕在化する可能性に言及したほか、中長期のインフレ期待がインフレ目標から上振れする兆しにも注意を示した。

金融環境の評価

ラガルド総裁は、高インフレを映じたECBの政策運営に関する予想の変化を背景に、市場金利が全般的に上昇し、これが家計向けを中心とする銀行貸出金利にも波及している点を確認した。もっとも、供給制約やコスト高を映じて、企業の資金需要は堅調であり、企業向けの貸出は増加していると説明した一方、銀行の自己資本や資産内容は良好だが、今後の信用コストの上昇にどう対応していくかを注視する姿勢を示した。

金融政策の運営

上記のように今回(6月)の政策理事会は7月初での資産買入れの停止を決定したが、再投資については、利上げ開始後十分な期間にわたり継続する方針を維持した。同様にPEPPによる買入れ資産の再投資も少なくとも2024年末まで行う方針を確認した。記者からは利上げ方針との整合性を問う質問もあったが、ラガルド総裁は今回は意図的に議論しなかったと説明し、今後の再検討の可能性を示唆した。

政策金利については、声明文は上記のインフレ見通しを踏まえて、既に利上げに関するフォワードガイダンスが達成されたとの評価を示した。

その上で、次回(7月)に25bpで利上げを開始することを予告した点については、質疑の中で50bpを排除した理由を問う質問が示された。これに対しラガルド総裁は、11年振りの利上げでもあり、最初は市場の反応を含めて影響を慎重に見極めたいとの考えを示した。また、インフレに対する政策効果は十分かとの問いに対しては、インフレへの直接的な効果は、利上げの継続により、時間的なラグを伴って生ずる点を認めた。一方で、既に金融環境がタイト化し始めた点を指摘したほか、ECBの物価安定へのコミットメントはインフレ期待に影響を及ぼしうると主張した。

また、複数の記者が次々回(9月)の利上げが50bpとなる条件を質したのに対し、ラガルド総裁は、9月に更新される執行部の見通しにおいて2024年のHICPインフレ率が今回(+2.1%)と横這い、ないしそれよりも高い場合であると説明した。なお、3つの政策金利(預金ファシリティ、MRO、貸出ファシリティ)のスプレッド(現在は各々50bpと25bp)の今後のあり方については、7月ないし9月の会合で議論することも示唆した。

今回の声明文は、その後については漸進的かつ持続的な形で利上げを継続する考えを示唆しつつ、具体的なペースは今後の経済指標と中期的なインフレ動向に依存するとして明言を避けた。つまり、政策運営の原則は、従来の3つ(optionality,gradualism,flexibility)にdata-dependentが加わった訳だが、質疑の中でラガルド総裁は、利上げは四半期の見通し改定に縛られる訳ではないとの考えも明示した。

興味深いことに、記者会見で最も多くの質問が集中したのは、flexibilityの意味合いと具体的な政策手段であった。この間に域内の国債利回りが上昇するなど、金融環境のタイト化が始まったことを反映したものであろう。

ラガルド総裁は、flexibilityは域内金融市場のfragmentationによって、金融政策の波及に支障が生じないようにすることが目的である一方、国債利回りやそのスプレッドが特定の水準に達したら発動されるのでなく、あくまでも政策の波及メカニズムに対する総合評価に基づくとの理解を示した。また、そのためにはPEPPによる保有資産の再投資の調整という既存の手段があり、国や資産クラス、継続期間といった点の柔軟性を行使することが想定されると説明する一方、新たな手段に関する言及は避けた。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニア研究員

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