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ECBによる臨時理事会の開催-flexibility revisited

2022/06/16

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はじめに

ECBは6月15日に臨時理事会を開催した(現地時間の午前11時開始)。開催目的は市場金利の急激な上昇への対応を議論することにあり、同14時過ぎに公表された声明文によれば、 PEPPによる買入れ資産の再投資の柔軟化を確認したほか、新たな政策手段の検討を急ぐことを決定した。

臨時理事会の開催の背景

ユーロ圏域内の市場金利、なかでもECBが注目する国債利回りは、米国を中心とする海外金利の上昇に加えて、ユーロ圏でのインフレの加速とECBによる金融政策の正常化のペースアップの思惑を背景に、既に上昇基調にあった。

実際、先週の定例理事会(6月10日)の直前には、ECBが金融環境の重要指標として注目している域内国債(10年物)の実質GDPによる加重平均利回りは2.18%と、コロナ直前の20年3月時点(0.20%)を大きく上回っていた。もっとも、域内の最高から最低を差し引いたレンジは2.66%と、同じく20年3月末の2.11%から顕著に拡大した訳ではなかった。

しかし、域内国債の利回りはその後に上昇を加速させ、昨日(6月14日)には、加重平均が2.60%に達しただけでなく、レンジも2.91%へ拡大した。その背景には、もちろん先週末から今週にかけて米国債金利が顕著に上昇した点があるだけでなく、ECB自身のコミュニ―ケーションも影響した可能性がある(後述)。

この間、ECBは金融政策の正常化を進める上での四原則(従来からのoptionality, gradualism, flexibilityに、先日の理事会でdata-dependentが加わった)を掲げているが、このうちflexibilityは、ラガルド総裁の講演やブログ、理事会の声明文等で説明されているように、域内金融市場のfragmentationを防止するための原則である。

つまり、fragmentationが生ずると金融政策の正常化の効果が域内各国に対して不均一に及ぶだけに、その防止が重要であって、そのために金融政策の正常化は柔軟に進めることが必要との発想である。

これらの点から容易に推察できるように、先程公表された声明文によれば 、 今 回の臨時理事会は 、 域内金融市場 のfragmentationの現状を評価するとともに、必要な対策とその実施について議論した訳である。

その上で、筆者の個人的な意見として、今回の臨時理事会の開催に関して2点を追記しておきたい。

第一に、明日(6月16日)にユーログループ会合(域内国の財務相による会合)が予定され、ラガルド総裁とパネッタ理事の参加が予定されている点が影響した可能性がある。同会合では当然に域内金融市場のストレスが議論に上ることが想定されるため、 ECBとして評価と対応を準備しておくことには意味がある。

第二に、ロシアのウクライナ侵攻が続く下で、ユーロ圏の結束をアピールすることへの政治的な要請が影響した可能性がある。国債利回りの上昇が顕著で、上記のレンジ拡大に大きく寄与しているイタリアやスペインで金融政策の正常化に対する不満が高まり、ひいてはECBや統一通貨への批判が生じることは、これまでも度々生じてきた事象ではあるが、特にこの局面で顕在化することは得策ではない。その意味でも、ECBは中央銀行である一方、国際機関でもあるという特異性を考慮する必要があるように思う。

臨時理事会の決定内容と意味合い

先程公表された声明文によれば、理事会は金融政策の正常化の効果の波及を確保するため、PEPPによって買入れた資産の再投資において、flexibilityを適用することを決定した。こうした方法自体は予てラガルド総裁の講演等で示唆され、先般(6月10日)の定例理事会後の記者会見でも明言されただけに新たな内容ではない。

一方、本コラムの執筆時点では、再投資を具体的にどう行うかの詳細は公表されていない。ラガルド総裁は、上記の記者会見の際には、柔軟性の要素として、国、資産クラス、期間の3点を挙げた。ただし、前節で議論した背景や保有資産の構成を考えると、保有国債の再投資における国別のシェアについて、買入時点でのシェアから一定の乖離を認めることが推察される。

また、それをいつまで続けるか、例えば前節で見たレンジが一定の水準まで収斂するまでのかも明らかにされていないが、公表しないこともflexibilityとして意味を持ちうる。

その上で臨時理事会の声明文は、域内の中央銀行に対して、金融市場のfragmentationを防止するための新たな政策手段の完成を急ぐように指示したことも明記している。この点自体に関しても、ラガルド総裁の講演等で示唆され、先般の記者会見でも触れられたので新たな情報ではない。ただし、その具体的内容については、これまで全く明らかになっていない。

結果論ではあるが、ラガルド総裁が先日の記者会見で新たな政策手段の内容に言及しなかったことは、本当に未定であったためかもしれないとしても、ECBがfragmentationの問題を喫緊の課題と考えていない印象を与えたことは否めない。この点も、前節で見たようにユーロ圏でも足許で域内国の国債利回りの上昇を加速した要因の一つとなった可能性がある。

ただし、新たな手段を導入することもそう簡単ではない。一方で、 PEPP的な資産買入れを対象資産や期間の面で限定的に復活させようとすると、APPによる資産買入れを7月1日で終了することとの整合性が問題となりうる。他方で、TLTRO IIIに関する特別条件が6月末で終了する結果、金融機関による繰り上げ弁済の急増を通じて、一種のQT的な状況が進行しうる点にも注意する必要がある。

これらの点を踏まえると、資産買入れよりも目的と対象を絞った資金供給オペの方が望ましいようにも見えるが、イタリアやスペインの銀行がオペによって調達した資金で国債を買い入れた場合、国債利回りの上昇を抑制できても、銀行部門のソブリンリスクを増やすという副作用が生ずる。このため、資金供給オペを選択するとしても、金利ないしソブリンのリスクに関する規制面で特例的な対応を講じるといった対応は必要となる。

それに加えてECBは、域内国の政府に対して財政健全化を求めるほか、NGEUのような欧州統一債の定常化を促進することも重要になりうる。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニア研究員

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