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SNBによる政策金利の引上げ-inter-connected

2022/06/17

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はじめに

スイス国立銀行(SNB)は、今回(6月)の政策評価の結果として、政策金利を0.50%引上げ、-0.25%とすることを決定した。また、ジョーダン総裁による記者会見の冒頭説明では、来年にかけてもインフレ率が2%目標を上回る可能性が高い点に加え、中期的な物価安定のためにも今後も利上げを続ける方針を示唆した。

経済情勢の評価

スイスの金融政策を検討する上では、同国がいわゆる「small open economy」である点に加え、貿易と資本フローの双方の面でユーロ圏との関係が密接である点を確認しておく必要がある。このため、SNBの四半期経済報告や記者会見の冒頭説明等では、自国以上に海外経済、特にユーロ圏を中心とする欧州経済の分析に大きなウエイトが置かれる。

そこで、ジョーダン総裁による冒頭説明では、世界経済がインフレによる実質購買力の低下と、ウクライナ情勢や中国のゼロコロナ政策等によって足許で減速した点を確認した。もっとも、主要国では雇用の拡大が継続しているほか、供給制約は当面継続するが、深刻なエネルギー不足は生じないとの見方を示した。

その上で自国経済については、ウクライナ情勢による直接的な影響を回避しつつ、第1四半期は堅調に推移するとともに、本年は失業率が低位に止まる中で経済成長率が2.5%に達するとの見方を示した。もちろん、こうした見通しにはエネルギー価格の更なる高騰による実質購買力の毀損やウクライナ情勢、コロナの深刻化による経済活動の下押しも含め、下方リスクがある点も認めた。

物価情勢の評価

同じくジョーダン総裁の冒頭説明は、多くの国がウクライナ情勢の影響による国際商品価格の上昇や供給制約の残存によって、顕著で広範なインフレ率の上昇に見舞われた点を確認した。

先行きについても、エネルギーや食品の価格高騰と供給制約の影響は当面は継続するとしつつ、その後は多くの国での金融引き締めもあって徐々に減速するとの見通しを示した。もっとも、こうした見通しには、二次的効果によって高インフレが定着し、結果として多くの国で強力な金融引き締めを招くリスクがある点も認めた。

その上で、自国については5月のCPIインフレ率が+2.9%に達した点を確認しつつ、当面はインフレ率が高止まりするとの見方を示した。また、高インフレの主因は石油製品や食品、供給制約の影響を受ける財の価格高騰にあるが、その他の財やサービスの価格も上昇している点を指摘した。

これらを踏まえてSNBは、政策金利を今回-0.25%まで引上げた後でも、2022年第2四半期から2023年第1四半期にかけての各四半期のCPIインフレ率が+2.9%→+3.2%→+3.0%→+2.8%と高水準で推移した後、2023年第3四半期にかけて1%台中盤まで減速するとの見通しを示した。

これは前回(3月)の政策評価の時点における同期間の見通し(政策金利-0.75%を想定)の+2.2%→+2.1%→+1.8%→+1.2%より明確に高い。利上げを反映したのにインフレ見通しが上方修正された点は奇妙に感じられるかもしれないが、3月から6月の間にインフレ環境が顕著に悪化しただけに、0.5%の利上げでも物価の加速に「追いつかない」ことを示している。

為替レートの評価

スイスの金融政策を検討する上で、もう1点確認しておくべきことは為替レートの重要性の高さである。「small open economy」として当然であるだけでなく、金融資本市場の規模が相対的に小さいので資産買入れのような手段を活用しにくい点が影響している。実際、2011年~15年までは為替レートに防衛線を設定し、無制限介入によって自国通貨高を抑制する特異な政策手段を活用していた。

加えて、先に述べた地政学的条件を反映して、スイスにとって重要なのはフ ランの対米ド ル相場ではな く 、 対ユーロ相場(EUR/CHF)である点にも注意する必要がある。上記の期間に為替レートに防衛線を設定したのも、欧州債務危機やECBの強力な金融緩和などを背景に、スイスにユーロ圏から資金が流れ込んだことへの対抗措置の面が強かった。

その意味では、ECBが追加緩和を行うたびにSNBにも追加緩和の思惑や誘因が生じた訳であり、今回は逆に、ECBが先週の政策理事会で金融政策の正常化を加速させる方針を示したことで、 SNBにも利上げ余地が生じた面がある。実際、ジョーダン総裁も冒頭説明の中で、足許ではスイスフランがむしろ減価しており、輸入インフレを悪化させる効果を持っている点を確認した。

政策決定と今後の運営

これらを踏まえてSNBは0.5%の利上げに踏み切った訳であるが、 ジョーダン総裁は、冒頭説明の中で、①ウクライナ情勢やコロナに直接の影響を受けないはずの財やサービスの価格が上昇している、②以前に比べてコストの価格転嫁が迅速に進行し、かつ容易に受容されている、③賃金を通じた二次的効果のリスクが存在するという3点に特に言及した。

その上で、今回の利上げは借入れコストの上昇とスイスフランの増価を通じてインフレを抑制するとの期待を示した。実際、先に見たように政策金利を-0.25%まで引き上げた後には、2023年の第1四半期から第3四半期にかけてインフレ率が1%第中盤まで減速するとの見通しを有している。

もっとも、この新たな見通しもインフレ率が2024年の前半からは再び徐々に加速するとしているだけに、ジョーダン総裁も、中期的な物価安定のためには、予見可能な将来において更なる利上げが必要との展望も示唆した。もちろん、こうした見通しには為替レートの展開とともに大きな不透明性が残ることも認め、スイスフランが過度に増価した場合と減価した場合の各々に備えて、双方向の介入を行う準備がある点も確認した。

海外要因による影響も含めてインフレ率が高止まった場合、今後にECBが迅速な利上げを行えば、その分だけSNBにも利上げ余地が生ずる。今後はこうした形でのスイスとユーロ圏との政策運営の連動性にも注意する必要があろう。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニア研究員

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