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ECBのラガルド総裁の講演-Secret of all triumph

2022/06/29

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はじめに

ECBのラガルド総裁は、Forum on Central Banking(シントラ会合・ECB版のジャクソンホール会合)での講演で、ユーロ圏の金融経済に固有な構造や課題を整理した上で、金融政策の正常化を三原則に沿って進める方針を確認した。もっとも、次回(7月)の理事会の焦点であるflexibilityの発揮に向けた「新たな手段」の具体的内容には言及しなかった。

ユーロ圏経済の構造特性

ラガルド総裁は、講演の冒頭で、ユーロ圏の構造が他の主要国とは二つの点で異なることを強調した。第一に、域内国の間で経済構造や戦略的な(対外)依存度が異なるため、インフレ圧力が複雑な要素に影響される点である。そして第二に、域内国の間で金融市場の統合や財政政策の協調が不十分であるために、金融政策の効果が不均一に波及する点である。

インフレ圧力と持続性

その上で、ラガルド総裁は、現在のユーロ圏経済が①外的ショックの異例な連続と、②経済活動の再開に伴う内需の回復という二つのインフレ圧力に直面していることを確認した。

①については、工業製品の供給制約やウクライナ情勢に伴うエネルギーや食品の需給不均衡に言及し、これら二つの価格上昇が年初来のインフレ加速の8割を占めていると説明した。②については、消費対象が財からサービスへシフトするとともに、旅行や娯楽へのペントアップ需要が想定外に強い点を指摘した。

一方で、長期のインフレ期待は様々なベースで見て2%近傍にあるが、インフレ圧力は足許で強まりつつ拡大している点も確認し、 HICPバスケットの約4/5が年率2%を超えて上昇しているほか、輸入依存度の多い財を除いた物価指数(ECB推計)が年率3%を超えて上昇している点も確認した。

これらを踏まえてラガルド総裁は、インフレの持続性を理解する上で以下の点が重要と説明した。第一にインフレに対する粘着性の高いサービス価格の影響が強まっている。第二にユーロ圏の失業率は歴史的水準に低下し、ECBは年率4%近い賃金上昇の継続を予想している。第三に中期的に総合インフレ率に対する先行性の高いコアインフレ率は2024年に2.4%に達するとみられる。

さらに、サプライチェーンの支障は徐々に解決するとしても、エネルギーや国際商品の供給ショックが長期化する兆しを指摘した。具体的には、ウクライナ問題に終わりが見えず、ロシアによるエネルギー供給の停止リスクがある中で、エネルギー価格の上昇が生産の採算性毀損といった間接的な影響も含めてインフレを押し上げる恐れを示した。

また、ウクライナ問題によってグリーン化が加速することは、長い目で見たエネルギーの確保を通じてコスト削減に寄与するとの理解を示しつつ、それまでの間は、レアメタルや鉱業製品の価格を押し上げ、クリーン化技術への投資や炭素価格スキームの拡大のコストを増加させる可能性がある点を認めた。

経済成長の不確実性

もっともラガルド総裁は、上記のショックが実質購買力の毀損を通じて支出行動にも影響しており、その意味では中期のインフレ見通しに抑制的な効果を持つ点も認めた。

すなわち、実質賃金の伸びは2四半期連続でマイナス圏で推移したほか、サーベイ結果によれば、家計は実質所得と消費の双方が来年も減少すると予想していると説明した。また、企業は価格引上げによってマージンの確保を図っているが、設備投資には慎重化していると指摘した。実際、売上高は減速しつつあり、直近のPMIサーベイによれば、企業の先行き見通しは2020年10月以来の水準に低下した点も付言した。

その上でラガルド総裁は、経済活動の再開に伴ってサービス需要が回復しているほか、家計はコロナ期の超過貯蓄や財政支援、労働市場の強さ等に支えられている点を確認した。もっとも、供給ショックが継続し、インフレ率が賃金上昇率を大きく上回る状況が続けば、実質所得の毀損は拡大し、超過貯蓄のバッファーも損なわれうることを認めた。

ラガルド総裁は、これらを踏まえて、前回(6月)の執行部見通しが実質GDP成長率を大きく下方修正したが、なおプラスの成長を続けることは可能と判断したことを確認した。

金融政策の正常化

ラガルド総裁は、このような情勢では利上げのペースを事前に確定することは困難と強調しつつ、漸進性(gradualism)と選択肢(optionality)の原則を確認した。

漸進性は不確実な局面で有用な戦略とした一方、経済やインフレ期待に迅速に対応し、必要に応じて利上げのパスを変更する上で選択肢が必要と説明した。これらの原則は前回(6月)の理事会での政策判断(APPの7月1日での終了と次回<7月>の理事会での25bpの利上げ予告)に具体化されており、9月の理事会についても、(中期的なインフレ見通しの維持ないし悪化の場合の)より大幅な利上げを示唆したことを確認した。

その上でラガルド総裁は、こうした原則が正常化の先送りを意味する訳ではない点を強調するとともに、市場では10年物のESTRや5年先フォワードの利回りが顕著に上昇している点を確認した。

最後にラガルド総裁は、ECBによる政策効果が域内経済に秩序立って波及することの重要性を強調し、域内国の国債利回りは各国のベンチマークであり、企業や家計に政策変更の影響を及ぼす上で重要であることを確認した。また、急速で無秩序なスプレッドの変化は金融環境の非対称的変化を招くとした。

望ましくない分断を抑制するため、ECBの理事会は第一弾の対策として、7月1日からはPEPPで買い入れた国債の再投資において柔軟性を活用し、秩序立った金融政策の波及にリスクが生じている国の債券を購入する方針を明らかにした。また、第二弾の対策として、新たな手段の設計を急ぐよう、域内の中央銀行とECBの執行部に指示したことを確認した。

ラガルド総裁は、新たな手段の検討では有効性や他の要件との比較考量、域内国の財政規律への影響などを考慮するとした。また、低インフレ下では物価安定と波及効果の確保とが同じ手段で実現できたが、現在は別な手段での対応が望ましいとの理解を示した上で、波及効果の確保は適切な利上げに寄与するとして、両者はトレードオフではないと主張した。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニア研究員

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