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ECBのラガルド総裁の記者会見-full discretion

2022/07/22

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はじめに

ECBは今回(7月)の政策理事会で、自らの予告を翻して50bpの利上げを決定した。同時に、市場分断に対する新たな対応としてのTPI(Transmission Protection Instrument)の導入を決定した。

経済情勢の判断

ラガルド総裁は、輸入インフレによる実質購買力の毀損、供給制約の残存、先行きの不透明性を主因に、年後半にかけて景気が一層減速するとの見方を示した。もっとも、経済活動の再開や財政支出、雇用の回復等が経済活動を下支えするとし、来年も含めてリセッションの可能性は低いとの見方を維持した。

その上で、先行きについては、エネルギー価格の一層の上昇や海外経済の減速などの要因があるため、リスクは依然として下方に傾いていると評価した。

物価情勢の判断

ラガルド総裁は、インフレ圧力がエネルギーや食品だけでなく、工業製品やサービスに広がりつつある点を確認し、多くの基調的インフレの指標が上昇している点に懸念を示した。また、サプライチェーンのパイプラインに価格上昇圧力が残存しているほか、既往のユーロ安もあって、高インフレが当面続くとの見方を示した。

この間、賃金上昇が物価上昇にcatch upするリスクにも懸念を示したほか、インフレ期待は総じて2%目標と整合的であるが、今後に上振れする恐れに警戒を示した。これらを踏まえて、先行きのリスクは引続き上方に傾いていると評価し、供給制約、賃金、エネルギーや食品の価格を注視する姿勢を示した。

記者からは、ロシアによる天然ガス供給の不確実性とその影響について質問が示された。ラガルド総裁は、天然ガスの確保や価格は電力にも波及するだけに物価と景気の双方に大きな影響を与える点を確認するとともに、この点に関するEUの対応も注視する姿勢を示唆した。

政策金利の引き上げ

今回(7月)の政策理事会は、2011年以来11年振りの利上げを決定した。ただし、前回(6月)の政策理事会やその後のラガルド総裁の講演が明確に示唆していた25bpではなく、50bpの利上げに踏み切った。

ラガルド総裁は、声明文の記載に即して、50bpの利上げを選択した理由が、①この間のインフレリスクの高まり、②同時に決定した市場分断対策の導入の二点にあると説明し、全会一致の決定であった点を説明した。

このうち①は、6月のHICPインフレ率が既往ピークに達したほか、上記のように高インフレが当面続くとの理解が理事会で共有されたことを示唆している。一方、②は記者会見でのラガルド総裁の説明は必ずしも明確でなかったが、市場分断対策によって過度な引き締めが生ずる恐れが低下することを指しているとみられ、つまり50bpの利上げにハト派が歩み寄ったことが推察される。

それでも、質疑応答では、複数の記者から、今回(7月)の理事会での25bp利上げを予告したことの適否を問う指摘がみられたほか、次回(9月)の利上げ方針を質す質問が示された。後者の質問は、9月会合では50bp以上の利上げを選択肢とすることと引き換えに、今回(7月)は25bpで妥協することを示唆する記述が6月会合の議事要旨にみられたことを背景としている。

ラガルド総裁は、今回(7月)に50bpの利上げを選択したことで、 9月会合の決定内容との紐づけも消滅したと説明し、今後は中期的な物価目標の達成を目指して、経済指標に依存しつつ(data-dependent)、段階的に(step-by-step)で利上げを進めると説明し、次回(9月)での50bp以上の利上げを否定しなかった。

加えて、まず中立金利への到達を目指す考えを示したが、その水準については、人口動態や生産性によって従来の水準からは変化していると説明し、具体的な言及を避けた。

市場分断対策

ラガルド総裁は、域内の金融市場の分断は金融政策の適切な波及の障害になるとし、その抑制のための新たな対策であるTPIの導入を全会一致で決定したと説明した。

記者会見後に公表された資料によれば、金融政策の波及に深刻な脅威となる「正当化されない、無秩序な市場の動き」に対抗する手段と位置づけられ、原則として当該国の国債(残存1年~10年)を予め規模を定めることなく買い入れるとされた。

対象国の選定に際してECBは、①EUの財政規律の順守(EDPの適用ないし欧州理事会の勧告違反の状況にない)、②深刻なマクロ経済の不均衡の不在(EIPの適用ないし欧州理事会の勧告違反の状況にない)、③財政の持続性(欧州委員会やESM、IMF等の分析とECB内の分析を勘案)、④健全で持続可能なマク ロ 経済政策の運営(NGEU の RRF に提出 し た計画やEuropean Semesterの勧告の順守)という4条件を評価する。

その上で、金融市場や政策の波及に課する指標も包括的に評価し、かつ発動がECBの金融政策と両立しうると判断できることが条件とされた。これに対し、金融政策の波及が持続的に回復するか、市場の変動が当該国のファンダメンタルズに起因すると評価された場合にはTPIは停止される。

また、ECBは金融政策目的での債券保有と過剰流動性の規模を評価し、ESCB全体の資産規模や金融政策のスタンスに持続的な影響が出ないように運営するとしている。

質疑応答では、多くの記者がイタリア対策との理解を示したのに対し、ラガルド総裁はすべての国が対象になりうる点を強調したほか、TPIは政治リスクに対応するものではないとの考えも明示した。また、ラガルド総裁は、コロナに起因する政策効果の波及リスクにはPEPPによる保有資産の再投資が「第一線準備」であると説明したほか、OMTはユーロ圏からの離脱の思惑に対応する手段であるとの理解を示したが、TPIとの目的の相違には不透明な面も残った。

このほか、多くの記者がTPIの迅速な発動を含めて、発動条件や供給資金の中立化の具体的な手法を質したが、ラガルド総裁は回答を避けた。実際、ラガルド総裁が強調したように、TPIの運用においてECBは全面的な裁量を維持する方針とみられ、それは財政ファイナンスの懸念や金融政策の正常化との両立といった課題を克服する上で必要な曖昧さであると思われる。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニア研究員

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