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ECBの7月理事会のAccounts-Complementary measure

2022/08/26

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はじめに

50bpの利上げを決定したECBの7月理事会では、物価上昇圧力の拡大や持続に対する懸念とともに、経済活動の減速リスクが共有された。一方、市場分断の抑制策(TPI)については、早いペースの利上げを可能とする手段との評価が目立った。

経済情勢の判断

レーン理事は、製造業の活動が急速に減速した一方、サービス業は回復を続けたと評価した。また、供給制約の影響は主として需要の減退によって緩和する兆しがあるほか、交易条件の悪化が家計と企業の双方に影響し続けていると説明した。

家計の消費は昨年末以降に明確に緩やかになり、サービスへの支出は拡大する一方、財の購入が慎重化していると指摘した。住宅投資も供給制約が緩和した一方、金融環境のタイト化によって減速が見込まれるとした。また、企業の設備投資に関しては、資本財の生産が引続き弱い点を挙げた。

この間労働市場では、失業率が歴史的低位にあり、労働参加が回復する中でもサービス業を中心に雇用が創出されている点を歓迎したが、直近のPMIはモメンタムの低下を示唆すると付言した。

これらを踏まえ、レーン理事はリスクが引続き下方に傾いている点を確認し、ウクライナ戦争が企業や家計への割当を伴うエネルギー供給の低下をもたらす場合、マインドや供給制約の悪化といった影響を含めて深刻な打撃となりうる点に懸念を示した。

理事会メンバーはこうした評価に幅広く(broadly)合意し、ユーロ安による競争力の改善が供給制約に制約を受けている点や、輸入インフレによって実質購買力が毀損している点を確認した。また、来年にかけての景気減速を示唆する指標が増えているとし、企業の新規受注や家計のセンチメントが低位である点に言及した。

物価情勢の判断

レーン理事は、HICPインフレ率が加速した点を確認し、エネルギー価格の上昇の寄与度が概ね半分と説明する一方、食品に加え非エネルギー工業製品の価格上昇の継続も確認し、後者には川上価格の上昇が波及したとの理解を示した。ECBの推計する基調インフレ率(輸入の影響が少ない品目)も加速を続け、3%を超えたと説明した。

賃金についても、域内主要国をカバーするECBの推計によれば、契約賃金の上昇率が第1四半期に約3%に達したほか、第2四半期契約分の上昇率は約3.5%に加速したとし、高インフレが持続するとの見方と整合的と説明した。一方、ECBのサーベイ調査によれば、企業のコスト転嫁は区々であるとの見方を示した。

この間、ECBのSPFでは長期のインフレ期待(mean)がやや上昇したほか、2.5%以上との見方が回答の約2割に達したと説明した。もっとも、市場ベースではインフレ率は2024年央に2%に回帰するとの見方になっているとした。

これらを踏まえ、レーン理事はインフレ圧力が高まりつつ拡大しており、高インフレが当面継続するとの見方を確認した。その後は、供給制約の緩和と金融引締めによってインフレ目標への収斂が進むとしたほか、ほとんどの指標は長期のインフレ期待が2%近傍にある点を示唆していると説明した。

その上で、物価の上方リスクは一層強まったと評価し、生産能力の悪化、持続的なエネルギーや商品の高価格、インフレ期待の上昇などを要因として指摘した。

理事会メンバーも、こうした評価に幅広く(broadly)合意し、前回(6月)会合以降に上方リスクが明確に顕在化したとの理解を示したほか、各国政府の対応策によってインフレ指標がインフレ圧力を過小表示している可能性を指摘した。

また、インフレが一時的との見方は水準効果やPhilips curveへの収斂に依存する一方、これらは過去にも誤りであったほか、短期のインフレ予想が上昇する一方でピークは不変との想定には疑問があるとの指摘があった。

賃金は緩やかな上昇に止まっているが、インフレのコストの企業と雇用者との分担の調整によって上昇が加速するとの見方が示された一方、3%の賃金上昇は2%のインフレ目標と通常の生産性上昇と整合的との指摘もあった。もっとも、ECBのサーベイは二次的効果のリスクを示唆し、高インフレの契約賃金への影響のラグによって、インフレ圧力が持続するリスクを確認したほか、高インフレがindexationの拡大を招く恐れも指摘した。

長期のインフレ期待も2%近傍にあるが、サーベイベースの足許での上昇が不安定化を示唆するとの懸念が示された一方、市場ベースの足許での低下は、金融環境のタイト化を映じたとの見方とインフレ期待の安定を示唆するとの見方に分かれた。

政策運営

レーン理事は、インフレリスクの高まりとTPIの導入を踏まえて、中期的なインフレ目標の達成のために50bpの利上げを提案した。また、今後も会合ごとの判断に基づく金融政策の正常化を進めることが適当との考えを示した。

理事会メンバーの大多数(a large number)はこれに同意し、状況変化への柔軟な対応や不透明な環境の下での政策運営の明確化のメリットを挙げた。一方、数名(some)のメンバーは25bpの利上げを主張し、ECB自身の「予告」との整合性や景気後退のリスク、市場の不安定化への影響などを理由に挙げた。

また、幅広い(widely)のメンバーは、TPIの導入によって政策金利の果断な引上げが可能になったと評価した。その上で、50bpの利上げはマイナス金利政策の早期解除を意味する一方、利上げの最終到達点に関する見通しは不変-ただし、具体的水準は接近してから判断-とした。

9月以降も会合ごとに判断する方針にも、幅広い(broad)な支持があり、フォワードガイダンスは正常化の3原則を過度に拘束するだけに意義を失ったと評価した。一方、gradualismの原則については、不透明な環境下でoptionalityを優先すべきとの意見と段階的な正常化の意味で維持すべきとの意見に分かれた。

TPIについては、レーン理事は導入自体と発動の機動性が効果を発揮するとした一方、政策効果の波及への貢献や他の手段での代替不可能性、コスト効率性によって、適切さ(proportionate)が確保されると説明した。理事会メンバーも重要性を強調するとともに、PEPPによる保有資産の再投資の柔軟化やOMTとの補完的な役割を指摘し、全会一致で導入を決定した。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニア研究員

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