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パウエル議長の講演-shorter, narrower, more direct

2022/08/27

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はじめに

市場の注目を集めていたJackson Holeコンファレンス(Kansas City連銀主催)での開会講演で、パウエル議長は需要の抑制によるインフレの減速とインフレ期待の安定の維持が必要である点を確認した。また、そのためには、金融政策を引き締め水準に移行させるとともに、そうした状態をしばらく維持することが重要との考えも確認した。

金融引締めの効果と副作用

パウエル議長は、まず、インフレを2%目標に収斂させることがFOMCの最重要課題である点を確認するとともに、物価の安定が強い労働市場を維持するための条件でもあるとの考えを強調した。

その上で、物価安定の回復には時間を要するほか、政策手段の強力な行使による需給バランスの回復が必要と説明し、この間にはトレンド以下の成長が続くことを認めた。こうした高金利や低成長、労働市場の軟化は家計や企業に負担を招くが、物価安定がなければより大きなコストを伴うとして、不可避であると主張した。

また、現在の米国経済は、コロナ後の高成長であった2021年から明確に減速しつつあり、足許の経済指標は区々であるが、基調としてはなお強いとの見方を示した。同時に高インフレは広範囲に拡大しており、7月単月の減速だけではFOMCとしてインフレが減速していると確信するのに不十分と指摘した。

政策金利の運営

パウエル議長は、インフレを2%に収斂させるのに十分な程度にまで金融政策を引き締め方向に推移させる途上にあると説明した。

また、現在の政策金利の水準(FFレートの誘導目標が2.25~2.5%)は、FOMCメンバーの推計によるSEPにおける長期的な政策金利のレンジ内にあるが、インフレ率が2%を大きく上回り、労働市場が極めてタイトな状況の下では、利上げをそうした中立水準で打ち止めしたり、休止したりすることはないと指摘した。

さらに、7月FOMCでの利上げが75bpであった点に加え、次の会合でも異例に大幅な利上げが適切となると発言した点を確認した。

一方で、次回(9月)会合での政策判断は今後の経済指標や見通しの変化に基づく点も確認したほか、金融政策がさらに引き締めの状態となったいずれかの時点(at some point)では、利上げペースの減速が適切となるとの見方も確認した。

その上で、物価安定の回復には引き締め政策をしばらく(for some time)維持することが必要との見方を確認するとともに、歴史の経験は時期尚早な金融緩和に警鐘を鳴らしていると指摘した。加えて、こうした認識が共有されていることの証左として、6月のSEPでは、FOMCメンバーの2023年末の政策金利の予想値(median)が4%弱であった点を指摘した。

歴史の教訓

パウエル議長は、現在の金融政策の運営や判断が、1970~80年代の高インフレとその後の低インフレの双方の時期の教訓に基づいていると説明し、特に3つの重要な教訓があるとした。

第一の教訓としては、中央銀行は低位で安定したインフレを実現するための責務を担うことが可能であり、そうした責務を担うべきという点を挙げた。これらの考えには、高インフレの時期には疑念が生じたが、今や、FRBによる物価安定の責務は無条件であるという形で疑念には決着が打たれたと説明した。

その上で、現在の高インフレは世界的な現象であるが、米国に関しては、強い需要と供給制約の結果であるとの理解を示した。

さらに、FRBの政策手段は主として需要を通じて作用しており、物価安定という使命の達成を阻害することはないと強調した。つまり、供給に即して需要を調整することは有用であり、FRBとしてそうした役割にコミットするとした。

第二の教訓としては、将来に向けたインフレのパスを決定する上で、インフレ期待が重要な役割を果たす点を挙げた。

現時点では、家計や企業、専門家を対象としたサーベイや市場ベースの指標を含め、長期のインフレ期待は十分安定しているとの理解を示した一方、インフレ率が当面は目標を上回って推移する以上、楽観的になる根拠もないとの考えも強調した。

その上で、インフレが当面は低位で安定すると予想されれば、実際にもそうなるとした。

同時に逆も真実であり、1970年代には高インフレの予想が家計や企業の意思決定に反映し、インフレが加速する程、賃金や価格の設定に組み込まれた点を確認した。これに対してVolcker議長(当時)が安定的で生産的な経済に回帰するために、インフレ期待を断ち切ることが重要であった点を確認した。

さらに、実際のインフレがインフレ期待に与える影響については、"rational inattention"が有益な示唆を与えると指摘した。

つまり、高インフレが持続する下では、家計や企業は物価動向を注視し、経済活動の決定に際して考慮する。しかし、インフレが低位で安定的な際には、他の要素に着目する余裕が生じるとし、グリーンスパン議長(当時)による物価安定の定義-平均的な価格変化が十分に小さく漸進的であると予想されるため、企業や家計の金融行動で物価が考慮されないこと-を挙げた。

これらを踏まえ、現在の高インフレが持続すれば、高インフレの期待が定着する可能性が拡大するとの懸念を示した。

最後の第三の教訓としては、物価安定の責務を果たすまで政策対応を続ける必要がある点を挙げた。

歴史の経験によれば、政策対応が遅延すると、高インフレが賃金や価格の設定に組み込まれる結果、インフレ抑制に伴う雇用のコストが増大すると指摘した。

実際、ボルカー議長(当時)がディスインフレに成功する以前に15年にもわたる政策対応の失敗があったとし、現在の目標は、現時点で強い決意で政策対応を進めることで、強力な引締め政策を長期に亘って維持する事態を避けることにあると説明した。

最後にパウエル議長は、これらの教訓を踏まえて、FRBが強力かつ迅速な対応を進めることで、需要を供給に見合った水準に減速させるとともに、インフレ期待の安定を維持している点を確認した。その上で、こうした職務が達成されたと確信できるまで、現在の政策対応を続ける考えを強調した。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニア研究員

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