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ECBのラガルド総裁の記者会見-determined action

2022/09/09

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はじめに

ECBは今回(9月)の政策理事会で、政策金利の75bp引上げを全会一致で決定した。ラガルド総裁は、足元でのインフレの加速とインフレ圧力の広がりや持続見込みが大幅な利上げの理由であると説明した。また、同時に公表された執行部見通しはインフレ率を上昇修正した一方、実質GDP成長率を下方修正した。

経済情勢の判断と見通し

ラガルド総裁は、ユーロ圏経済がコロナからの経済活動の再開と供給制約の緩和を主因に足元で回復している点を確認した。

もっとも、今後は来年前半にかけて、①高インフレによる実質購買力の棄損、②サービス業の回復鈍化、③海外主要国の金融引き締めやユーロ圏の交易条件悪化による外需の低迷、④先行きの不透明化といった要因のため、景気が顕著に減速するとの見方を示した。ただし、雇用は失業率が既往ボトムに達するなど、タイトである点も付言した。

今回改訂された執行部見通しによれば、2022~24年の実質GDP成長率は+3.1%→+0.9%→+1.9%となり、前回(6月)に比べて、 2022年は0.3pp上方修正されたが、2023年は1.2pp、2024年は0.2ppの下方修正となった。また、Lagarde総裁は、景気のリスクが、ウクライナ戦争の長期化や天然ガスの供給不足、海外経済の減速等の要因のため、依然として下方に傾いているとした。

質疑では2023年の見通しが楽観的との批判があったのに対し、 ラガルド総裁もこれは中心シナリオであり、ロシアからの天然ガス供給の完全遮断と代替調達の不可能化といった想定によるリスクシナリオでは、2023年の実質GDP成長率が-0.9%と明確な景気後退に陥ることになると説明した。

物価情勢の判断と見通し

ラガルド総裁は、HICPインフレ率が足元で一段と加速するとともに、エネルギー価格の寄与が依然として支配的ではあるが、供給制約や輸送コスト、悪天候もあって食品価格の上昇が加速している点を指摘した。加えて、経済活動の再開でサービス価格にも上昇圧力が加わり、既往のユーロ安も輸入物価を押し上げるなど、インフレ圧力が広範に拡大したと説明した。

今回改訂された執行部見通しによれば、2022~24年のHICPインフレ率は+8.1%→+5.5%→+2.3%と、前回(6月)に比べて、各々1.3pp、2.0pp、0.2ppの上方修正となった。また、ラガルド総裁は、 2022~24 年 の コ ア HICP イ ン フ レ 率 の 執 行 部 見 通 し が+3.9%→+3.4%→+2.3%であることも付言し、基調的なインフレ率が持続的に目標を上回ることに懸念を示した。

その上で、物価のリスクは、エネルギー供給の不安定性や潜在成長率の低下、賃金上昇等の要因のため、依然として上方に傾いているとした。ちなみに上記のリスクシナリオによれば、2023年のHICPインフレ率は+6.9%に達するとされている。

政策判断

今回(9月)の会合が75bpの大幅利上げを決定した点について、 ラガルド総裁は、足元でのインフレ率の加速に加えて、インフレ圧力が広範な財やサービスに拡大していること、インフレ圧力が当面なむしろ強まるなど、持続する恐れが強いことを理由として指摘した。また、需要の抑制とインフレ期待の上昇の防止のため、今後数回(next several meetings)の政策理事会でも利上げを継続する考えを公表文でも明示した。

質疑では、インフレの主因が供給側にある中で、利上げの効果を疑問視する指摘があったが、ラガルド総裁は、ECBがエネルギー価格を変えることはできないが、インフレ期待を抑制し、二次的効果を防止することはできると説明した。

その上で多くの記者から今後の利上げに関する質問が示された。

このうち利上げペースに関してラガルド総裁は、75bpの利上げが標準(norm)になった訳ではなく、data dependentとmeeting by meetingという前回(7月)会合で採用した原則に沿って、毎回の会合で適切な利上げ幅を決める方針を強調した。

もっとも、今回(9月)の決定を含め、金融政策の正常化のプロセスを前倒し(front-loading)に進める必要性も強調したほか、公表文に示されたnext several meetingsについては、2回より多いが5回より少ないといったイメージに言及した。

利上げの最高到達点については、ラガルド総裁は従来と同じく具体的な言及を避けた。もっとも、同じく多くの記者が質問した中立金利については、具体的な水準には言及しなかったが、利上げを当面続けることで中立水準に近づく点を確認するとともに、政策金利が実際に中立水準に到達した段階では、インフレ率の2%目標に対する収斂見込みを確認する考えも示唆した。

この点に関しては、ユーロ圏のインフレ率が今や米国以上であるだけに、FRBと同様な引き締め政策も想定すべきといった指摘もあった。しかしラガルド総裁は、米国のインフレは需要要因が大きく、未充足求人等の面で労働市場はよりタイトであり、金融政策の出発点もゼロ金利政策であった点でユーロ圏とは異なると説明し、引き締めの必要性には慎重な見方も示唆した。

ただし、今後の政策運営ではユーロ圏の景気減速に配慮すべきとの指摘に対しては、ラガルド総裁は、物価安定がECBの使命であり、今回の執行部見通しでは2024年にも2%目標の達成にリスクが残る以上、金融政策の正常化を迅速に進めることが必要との考えを強調した。

また、別の複数の記者からは、資産買入れに伴う保有資産の再投資政策の停止を通じた「量的引き締め(QT)」の展望に関する質問が示された。

ラガルド総裁は、政策理事会のこれまでの議論を通じて、金融政策の正常化の手段としては、効率性や効果、副作用とのバランスの観点から、政策金利の引上げが適切と判断していると説明した。その上で、今回(9月)の会合ではAPPによる保有資産の再投資について議論していないが、今後の会合で議論することになろうとの見方を示した。

このほかTLTRO IIIについても、金融機関は利上げの進捗に伴って過度に有利な条件での資金調達が可能になっているとの批判もみられたが、ラガルド総裁は、同じく今回(9月)の会合では議論していないが、条件の見直しについて今後の会合で議論することになろうと説明した。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニア研究員

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