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日本の金融政策に関する留意点

2022/09/26

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はじめに

9月22日に日銀が金融政策の現状維持を決定した。その内容に自体については既に様々な解説が行われているので、本コラムでは留意点を検討したい。

日本における物価上昇の持続性

黒田総裁は、今回(9月)の金融政策決定会合後の記者会見で、年内のインフレ率が想定以上に高止まる可能性を認めた一方で、来年には顕著に減速するとの見方を維持した。

企業による加工食品や耐久財の価格引上げに時間的なラグがある以上、資源価格や円相場が現状維持であっても、価格上昇圧力は当面続く可能性がある。

その上で来年も高めのインフレ率が続くかどうかには、賃金の動きが重要となる。この点は、人件費のウエイトが高いサービス価格が、外食等を除いて引続き低調である点からも明らかである。

賃金上昇がついに実現することには懐疑的な見方も多い。ただし、今年の夏季賞与は堅調な伸びを示した。また、当方も日経CNBCの出演(9月22日)で取り上げたが、企業収益はマクロ的には高水準であり、岸田政権の「新しい資本主義」の下での分配強化の要請に応ずる環境は存在する。

黒田総裁も、上記の記者会見の中で、既往の雇用拡大を支えてきた女性と高齢者が、前者は労働参加率が高水準となったこと、後者はベビーブーム世代が後期高齢者になりつつあることを考えると、今後は貢献が期待し難いとした。

これらは中長期的な要因であるが、政府の感染対策の緩和に伴うインバウンドの急増が対面サービスでの労働需要を高めた場合、女性や高齢者の労働供給の制約は、賃金上昇が中小企業を含めた広がりを持つことも考えられる。

そうなると、物価上昇圧力が、年内の財中心から来年のサービス中心へと「切れ目なく」引き継がれることになる。

もちろん、これは「リスクシナリオ」ではあるが、このような形で物価上昇が持続性を有した場合、日銀自身が望んできた「物価と賃金の好循環」であるだけになおさら、金融政策の正常化に向けた条件が満たされることになる。

そこで、日銀が実際に正常化に進むかどうかを判断する上では、海外景気の方向性と国内での中長期のインフレ期待の動向の二つが重要な要素になると推察される。

前者の重要性は言うまでもないが、仮に米欧での利上げサイクルが既に一段落していれば、日銀は世界経済の回復の下で金融政策の正常化を進めるという幸運に恵まれる。

これに対して後者は難しい課題となりうる。日銀の「量的・質的金融緩和」の究極的な目標は、物価目標と整合的な形でのインフレ期待のアンカーにあり、だからこそ、インフレ率が安定的に目標をクリアすることをフォワードガイダンスに据えている。

しかし、そもそもインフレ期待をタイムリーかつ正確に把握することは難しいだけでなく、物価上昇がどの程度継続すれば、「適応的期待形成」の下でもインフレ期待が目標に向けて上昇するのかをアプリオリに予想することも難しい。

低インフレへの対応に苦慮した際に比べれば贅沢な悩みともいえるが、折角の「量的・質的金融緩和」が最後になって「画竜点睛を欠く」事態にならないように慎重な判断が重要となる。

資金供給オペの運営

今回(9月)の金融政策決定会合では、いわゆるコロナオペの期間を延長しただけでなく、共通担保オペの強化という、見方によっては追加緩和とも受け取れる内容を決定した。

市場ではコロナオペの終了だけでなく、コロナ対策に紐づけられた政策金利のフォワードガイダンスの修正の思惑もあっただけに、政策決定の公表直後の円相場の反応に繋がった印象を受けた。

結果論ではあるが、日銀は前回(7月)の会合でコロナオペの10月以降の運営方針を先送りしただけに、期末直前の今回(9月)の会合で9月末での終了を決定することはもともと困難であった。また、今年の冬にはコロナ感染の次の波が生じ、政府の対策に関わらず消費が抑制されるリスクがあることも否定できない。

その意味でコロナオペの延長には相応の合理性が存在するが、共通担保オペの強化には検討すべき点も残る。

確かに、銀行貸出はコロナ時の急増とその反減を迅速に脱却し、企業向け貸出が堅調さを回復している。同時にCPの発行額やローンコミットメントの高止まりのような興味深い動きもみられる。

黒田総裁が示唆したように、その要因が供給制約に対する企業の在庫積み増し資金との理解には合理性があり、例えば、ECBのラガルド総裁もユーロ圏について同様な説明を行った。

一方で、同じく当方が日経CNBCの出演(9月22日)で説明したように、企業の手元現預金はコロナ期を通じて急増した後、減少しつつあるが、なお長い目でみて極めて高い水準にあり、この点は法人企業統計でみる限りは規模別に共通する。

また、日本金融公庫が行っている中小・小企業向けのサーベイ調査でも、資金繰りに対する懸念が悪化しているとは言えない。

金融機関の側から見ても、共通担保オペの毎回の実行額の上限を撤廃しても、コロナオペのように当座預金残高の付利に関する恩恵がない点では、利用に向けたインセンティブが高まるかどうかは不透明な面が残る。

これらの点を踏まえると、少なくとも共通担保オペの強化は主としてアナウンスメントの効果が強いことが推察される。

この政策決定の趣旨は在庫資金の需資が急速に高まる事態にもバックストップが用意されていることを示す点にある点は事実である。その上で、少なくとも副次的には、金融緩和による円安が輸入企業や中小企業に負担を生じているとの批判に対して、日銀も自らの政策手段を通じて対応している点をアピールする面もあるように見える。

政策運営に対する各方面の批判が強まる中で、こうした副次的効果の意義も少なくない。一方で、既に開始している「ゼロゼロ融資」の返済を巡る状況を見る限り、危機対策を実質的に長期化することの副作用も小さくない。その意味では、共通担保オペの強化もまさに機動的に行うことが重要となる。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニア研究員

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