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ECBのラガルド総裁の記者会見-Substantial progress

2022/10/28

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はじめに

ECBは今回(10月)の政策理事会で、政策金利を再度75bp引上げるとともに、政策効果の波及強化のためTLTRO IIIの内容を見直すことを決定した。ラガルド総裁は、金融緩和の解除が顕著に進展したと評価した一方、物価目標の達成に向けて更なる利上げを行う方針を明示した。

経済情勢の判断

ラガルド総裁は、冒頭説明で、ユーロ圏の経済活動が第3四半期に減速したほか、来年初にかけてこうした傾向が強まるとの見方を確認した。その要因としては、実質購買力の喪失やセンチメントの悪化、金融環境のタイト化を挙げた。

加えて、堅調さを維持している労働市場も、今後に減速が見込まれるとした。また、経済見通しのリスクは下方にあり、エネルギー確保の不確実性、供給制約の残存、海外経済の減速を要因として指摘した。

質疑では、ECB執行部の前回(9月)見通しによる下方シナリオが実現しているとの懸念が示された。ラガルド総裁は、下方シナリオの条件(ロシアからのエネルギー供給途絶と代替先確保の支障、商品価格の上昇等)は生じていないとしつつ、次回(12月)会合で見通しを再検討することを説明した。

この他、複数の記者が域内国の財政政策の評価を質した。これに対しラガルド総裁は、「TTTの原 則」( temporary, targeted, tailored)が重要との考えを確認し、自身でこうした考え方をユーログループ会合でも主張しているほか、欧州委員会はこうした観点から各国政府と政策内容を調整していると説明した。

物価情勢の判断

ラガルド総裁は、9月のHICPインフレ率が9.9%まで高騰したほか、コアインフレ率も4.8%となった点に懸念を示し、背景として、エネルギー価格の高騰が財の生産コストを通じて波及しているほか、食品価格も11.8%と上昇率を高めた点を指摘した。

この間、供給制約には改善の兆しもみられるが、経済活動の再開に伴うサービス価格の上昇や既往のユーロ安も作用していると指摘するとともに、賃金上昇が時間的ラグを伴って加速する恐れにも注意を示した。

この間、中長期のインフレ期待は2%近傍に収斂しているとしつつ、物価見通しのリスクは上方にあるとの見方を維持し、消費者向けのエネルギー価格や食品価格の高騰、ユーロ圏経済の供給力の停滞、インフレ期待の上昇等を要因として指摘した。

政策金利の引上げ

今回(10月)の会合では、政策金利を75bp引上げることを決定した。この結果、MRO金利は2%となった(11月2日から実施)。

ラガルド総裁は、金融緩和の解除が顕著に前進したと評価した一方、物価目標の達成に向けて更なる利上げを行う方針を明示した。もっとも、そのペースは経済指標に基づいて、毎回の会合で決定する考えを確認した。

質疑では、多くの記者が今後の利上げペースと政策金利の最高到達点についての考えを質した。具体的には、①次回(12月)会合では利上げペースは減速するのか、②前回(9月)の記者会見で示唆した「数回の利上げ」方針は依然として有効か、③中立金利をどこまで上回る必要があるのか、といった点である。

①についてラガルド総裁は、次回(12月)会合では、1)経済と物価に関する執行部の新たな見通し、2)既往の金融引締めの効果、3)時間的ラグにより今後に生ずる効果、の3つをもとに利上げを判断するとし、具体的な利上げ幅の言及は避けた。

もっとも、今回(10月)会合では議論しなかったAPPによる保有資産の削減については、次回(12月)会合で議論し、基本方針を(開始よりも)事前に公表する考えを示唆した。少なくとも現時点では、APPに関する「量的引締め」は来年初以降と想定していることが推察される。

また、②についてラガルド総裁は、物価目標の達成には引続き数回の会合での利上げが必要との考えを確認した一方、経済と物価の不確実性が極めて高い下では、経済指標に基づき、毎回の会合で利上げを判断することが重要と指摘した。

③については、ラガルド総裁は、ユーロ圏経済の中立金利は不透明であるとして、中立金利との対比で金融引締めの度合いを評価するアプローチに否定的なスタンスを確認した。その上で、問題はあくまでも物価目標の達成に必要な金利水準はどこかという点であり、それは結果として判明するとの理解を示唆した。

なお、質疑応答では数名の記者が、域内国の複数の首脳がECBの金融引締めによる景気後退の深刻化に懸念を示している点を取り上げた。ラガルド総裁は、ECBは物価安定のみを目標として金融政策を運営しており、インフレの抑制は経済的弱者を救済するとともに、景気回復の前提であると反論した。

TLTRO IIIの見直し

今回(10月)の会合では、既往のTLTRO IIIについて、①11月23日以降はその後の政策金利の平均値を適用する、②11月23日を含めて期前返済日を3回追加する、の2点を決定した。

従前は各回のTLTRO IIIの残存期間を通じた政策金利の平均が適用されていたため、①は適用金利の大幅な引上げを意味する。そこで、②を通じて期前返済の機会を増やす訳である。

ラガルド総裁は、TLTRO IIIの条件を金融政策の正常化と整合的なものとし、政策の波及効果を確保するために見直しを行うと説明した。一方、質疑応答では、ECB(ESCB)のバランスシートの縮小という意味合いにも言及しており、APPによる保有資産の削減に先んじて、QTを開始したとみることもできる。

このほかラガルド総裁は、今回の見直しを通じて金融機関がTLTRO IIIを返済すれば、金融市場での担保不足を緩和しうるとの期待も表明した。担保不足は、短期金融市場での取引を制約することで、ECBによる短期金利の調整に支障となりうる点で、政策効果の波及に関わっている。

もっとも、担保不足は、年末に向けて金融機関の資金繰りにも関係しうる面もあるだけに、ラガルド総裁も注意の必要性を合わせて指摘した。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニア研究員

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