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プライマリーバランス黒字化目標維持の狙いは何か

2022/01/14

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プライマリーバランス黒字化目標の達成時期を前倒し

内閣府は、14日に開かれる経済財政諮問会議に、中長期の財政試算を提出する。その内容が、事前に各種報道によって明らかとなった。この試算は毎年1月と7月に示されるが、国と地方のプライマリーバランス(基礎的財政収支、PB)の黒字化の時期の見通しについて、内閣府は2021年7月時点での2027年度から、今回、2026年度へと1年前倒しする。プライマリーバランスは、政策にあてる経費を国債などに頼らずに税収などでどれだけ賄えるかを表したもので、財政の健全性を示す指標の一つだ。

プライマリーバランスの見通しについては、各種政策の効果によって潜在成長率が高まっていく姿を想定した「成長実現ケース」と、「ベースラインケース」の2通りが示される。今回の試算で2027年度に黒字化が達成できるとしているのは、「ベースラインケース」よりも楽観的な前提に基づく「成長実現ケース」においてである。さらに、「成長実現ケース」に織り込まれていない歳出改革を織り込むと、2025年度に黒字化目標が達成できるとされる。

黒字化目標前倒しの現実味はどれほどか

政府は、消費税収の使途を教育無償化にあてるように変更したことを受けて、2018年6月にプライマリーバランスの黒字化目標を、それ以前の2020年度から2025年度へと5年後ずれさせることを決めた。さらに、2021年6月に閣議決定した「骨太の方針」では、新型コロナウイルス感染拡大の財政への影響を検証したうえで、2021年度中に「目標年度を再確認」すると説明していた。

2025年度中に黒字化目標達成が可能となる今回の試算を受けて、政府は2025年度黒字化目標の維持を決めると見られる。しかし、この試算結果は、目標維持を正当化するためのもので、いわば結論先にありきなのではないか。

2021年7月時点の試算では、2020年度のプライマリーバランスのGDP比率は-10.5%と大幅に悪化していた。2021年度も―6.8%であった。これが2025年度にプラスにまで改善するという見通しにはどれほど現実味があるだろうか。

また、新型コロナウイルス問題が本格化する直前の2020年1月に発表された試算では、黒字化目標の達成時期は2027年度だったのである。経済に対して歴史的に大きな打撃を与えた新型コロナウイルス問題を受けて、逆に黒字化目標が1年前倒しになることはにわかには信じがたいところでもある。

租税弾性値の前提が高い可能性

内閣府は、見通し改善の理由を、予想外の税収増加に求めているようだ。2021年度の税収が過去最高となり、2022年度以降も増えるとみている。2022年度予算案では税収は65.2兆円と、2021年7月時点での61.4兆円から上方修正された。

コロナ禍で大幅なマイナス成長になったにも関わらず、2020年度の税収は予想外に増加した。つまり、租税弾性値(税収増加率÷名目成長率)が大きく上振れたのである。

そうした後には、成長ほどには税収は伸びない、つまり租税弾性値が下振れるのが普通なのではないか。しかし今回の試算では、明示されないことから気づきにくいが、高めの租税弾性値に基づいて2021年度、2022年度あるいはそれ以降の財政収支が試算されている可能性が考えられる。

財政健全化路線への復帰は可能か

政府が2025年度のプライマリーバランス黒字化目標を維持することは、財政健全化に前向きな岸田政権の姿勢をアピールするもの、との指摘もある。しかし実際には逆なのではないか。

仮に2025年度の黒字化目標を2030年度へと先送りすれば、財政環境の厳しさが改めて浮き彫りとなり、岸田政権は、財政健全化に向けた新たな施策を求められることになるだろう。しかし、従来の黒字化目標を維持すれば、現状の政策の下で目標達成が可能、というメッセージとなり、新たな財政健全化策を打ち出すことを求められないのである。その結果、財政健全化の取り組みはむしろ後退してしまいかねない。

岸田政権の下、政府、与党内では、積極財政を支持する声が一段と高まっている。もはや、財政健全化は考慮されず、財政拡張路線に向けてタガが外れたようでもある。今回の試算の背景には、こうした事情もあるのではないか。しかし、財政環境の悪化、政府債務の累積は、将来の需要に悪影響を与え、経済の潜在力を一段と低下させてしまう。そして、経済の悪化と税収減を通じた財政悪化の悪循環が一段と強まる恐れがあるだろう。

岸田首相には、自らが強いリーダーシップを発揮して、財政健全化路線にできる限り早く復帰して欲しいところだ。

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