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RCEPと経済安全保障政策が促す日本企業のサプライチェーン再構築

2022/01/21

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RCEPは日本に大きな経済的恩恵

日中韓3か国と豪州、ニュージーランド、東南アジア諸国連合(ASEAN)10か国の計15か国による自由貿易圏構想「地域的包括的経済連携(RCEP・アールセップ)」が、今年1月1日に発効した。参加国の人口やGDPの合計は、環太平洋経済連携協定(TPP)や欧州連合(EU)などの経済連携協定(EPA)よりも大きく、世界人口の約3割、GDPの約3割を占める超巨大経済圏が誕生した。

日本にとっては、最大の貿易相手国である中国と第3位の韓国との間で結ぶ、初めての自由貿易協定となる。また、RCEPは中国が参加する初の大型自由貿易協定でもある。

国連貿易開発会議(UNCTAD)が2021年12月に発表した報告書によれば、関税の引き下げなどによって域内輸出額は418億ドル増加する。これは2019年実績の1.8%に相当する規模である。特に大きな恩恵を受けるのは日本で、域内輸出額の増加分の半分近くにあたる約202億ドルは日本で生じる見通しだ。

日本政府の分析によると、RCEPは相当の調整期間を経て最終的に日本の実質GDPを約2.7%押し上げる。これは、2019年度の実質GDPで計算すると約15兆円に相当するものだ。この経済効果は、2018年に発効した環太平洋連携協定(TPP)の試算値であるGDP約1.5%(米国が加入した場合には約2.6%)、約7兆8千億円分の2倍近くにも達する。

TPPと比べてRCEPの経済効果が大きくなるのは、RCEPには、日本にとって主要輸出先である中国と韓国が含まれていることと、参加国の関税率がTPPと比べて高く、その分引き下げ幅が大きくなること、が挙げられる。

自動車部品に期待が高まる

アジア経済研究所は、RCEPによって日本のGDPは2030年時点で0.66%押し上げられると試算している。業種別の付加価値への影響でみた場合、大きなプラスの影響を受けるのは、繊維・衣料の+3.01%、食品加工の+1.29%、サービス業の+0.47%、自動車の+0.43%、農業の+0.13%、である。他方、マイナスの影響を受けるのは、電子・電機の-0.04%である。

さらに品目ベースで見た場合、自動車部品の輸出拡大効果が大きい、との指摘が多くなされている。中国向けの自動車用エンジンポンプの一部の関税率は3%であったが、RCEP発効と同時に撤廃される。エンジン部品のほとんどで最大8.4%の関税がかかっていたが、11年目または16年目までに撤廃される。韓国でも自動車用電子系部品やエアバッグなどにかかっていた8%の関税が、10年目または15年目までに段階的に削減される。

電気自動車(EV)モーターの一部などの輸出についても、域内で段階的に関税が撤廃される。RCEPは、農林水産物・食品の輸出増にも追い風となる。インドネシア向けの牛肉、中韓向けの日本酒など、日本が強みを持つ輸出品目で段階的に関税が撤廃されるためだ。

輸入品については、衣類やマツタケ、マッコリなどの関税が将来的にゼロとなり、日本の消費者には追い風となる。

TPPとRCEPの2つの将来シナリオ

2018年にはTPP、2022年にはRCEPと、相次いで巨大地域自由貿易圏が誕生した。こうした地域連携は、世界貿易機関(WTO)主導でのグローバルな自由化推進が行き詰まったことをきっかけに始まったという側面がある。加盟国のすべてが同じ条件で関税率引き下げなどの自由化を進めることは簡単ではないことから、自由化が可能な国同士で地域的な自由化推進を先行させ、その後にそれらをグローバルな自由化の枠組みへとつなげていく、という発想であった。

しかし、各地域で進んだ自由化が、グローバルな自由化交渉に影響していくという傾向は、今のところは見られない。TPPとRCEPという2つの巨大地域自由貿易圏の先行きについては、両者が統合され、グローバルな自由市場の形成へと近づいていくことが、将来のシナリオの一つとして考えられる。ただし同時に、TPPとRCEPが、経済ブロック化してしまう可能性もまた考えられるのである。

RCEPで最大の経済規模を持つ中国は、現在、先進国市場から徐々に排除される流れにある。そうしたなか、RCEPを足掛かりとしてASEANとの貿易関係を強化し、新たな市場を開拓する狙いがあるだろう。

他方、将来的には米国がTPPに加入する可能性がある。その場合、中国が主導するRCEPと米国が主導するTPPとが対立する構図となり、日本のように重複して加盟する国はあるとはいえ、ともにブロック化の方向に進んでいく可能性があるのではないか。RCEPでは、中国が貿易ルールを書き換え、新たなルールを作っていく可能性もあるだろう。

TPPとRCEPとの関係は、前者の統合方向よりも後者の対立方向へと進む可能性の方が、現時点ではより高いように感じられる。

中国のTPP加入申請への日本の対応

中国は2021年9月に、TPPへの加入を申請した。その後、一部のTPP加盟国に対して、中国は加入を支持するように呼び掛けている。他方で日本は、中国のTPP加入には慎重な姿勢を維持している。中国がTPPに加入すれば、米国のTPP加入は遠のいてしまう。中国とのデカップリングを進める米国が、中国と同じ自由貿易協定に参加することは考えられないからだ。また、中国が加入すれば、補助金、環境問題などで高い水準の基準が設定されているTPPのルールを崩してしまう可能性があることも、日本にとっての懸念である。そこで、米国のTPP加入を優先する方針の日本は、中国のTPP加入を認めない可能性が高い。加盟国が一つでも反対すれば、TPPへの新規加入は実現しないのである。

また、TPPには台湾も加入を申請している。中国の加入を先に認めれば、中国が台湾の加入を阻むことになるだろう。他方、台湾のTPP加入を先に認めれば、中国はTPPへの加入申請を撤回するだろう。台湾を国の一部と考える中国が、台湾と対等な立場で同じ協定に参加する可能性は低いからだ。しかし、そうした行動は、中国を過度に刺激することにもなってしまう。

結局日本は、中国、台湾共に当面のところはTPPへの加入を認めないのではないか。他方で、同じく加入申請をしている韓国については、現在両国関係が悪化しているとはいえ、自由貿易推進の立場や米国の意向を受けて、比較的早期に加入を認める可能性があるのではないか。

アジア地域でのサプライチェーンの再構築

冒頭の試算で示されたように、RCEPの誕生は、加盟国の間の貿易を活発にし、経済的恩恵をもたらす。ただし、これらの試算では考慮されていないのが、企業によるグローバル・サプライチェーン再構築の経済効果である。

RCEPには、複数の加盟国にまたがって加工や組み立てをしても、域内であれば関税が優遇される「原産地規則の累積制度」がある。例えば関税が完全撤廃に撤廃された段階では、中国から自動車部品をタイに輸入し、そこで組み立てて完成車としてオーストラリアに輸出するといったプロセスが、すべて無税でできるようになる。そこで、日本企業も、RCEP加盟国の間で最も適した国で加工、組み立てを行うサプライチェーン再構築に乗り出すだろう。それによって経済効率が高まり、価格下落が、売り上げ増加として新たな経済効果(実質付加価値の増加)を生むだろう。

大手自動車部品メーカーであるデンソーのアジア地域でのサプライチェーンについての説明によれば、エンジンの始動装置であるスターターなどはタイで現在集中生産しており、電子部品は電子産業が集積しているマレーシアでまとめて生産している。一方で、カーエアコンのような非常に容積が大きいものは、各国で生産して現地のカーメーカーに供給している。

ASEANは自動車や部品の生産に重要な拠点であるが、素材産業が十分に育っていないことが難点である。そこで、RCEPの誕生を受けて、重要な素材を中国から調達し、ASEANで加工、組み立てを行う方向でのサプライチェーン再構築も考えられるようだ。

経済安全保障政策が促す国内回帰

RCEPに加えて、今後日本で本格化していく経済安全保障政策によっても、アジア地域でのサプライチェーンの再構築の動きは促される可能性が高い。岸田政権は、通常国会で経済安全保障政策の関連法案の成立を目指している。その中の柱の一つとなるのが、海外に過度に依存しない形へのサプライチェーン体制の見直しであり、国内生産の強化である。そこで主に想定されているのは、中国製品への過度の依存を減らしていくことだ。

RCEPのもと、関税が低下あるいは撤廃されていくのであれば、従来、RCEP加盟国で日本企業が生産していたものを、国内で生産するようにし、その一部を輸出に回すことが、より低いコストで可能となる。つまり、RCEPに経済安全保障政策が加わることで、中国での現地生産分を中心に、日本企業の国内回帰が広範囲に進む可能性が出てきたのである。

他方で中国では、政府による民間企業への統制強化が強まっており、その影響がいずれ外資系企業にも及ぶ可能性もある。中国ビジネスにはリスクが高まっているのである。そうした点への対応も含めて、中国での現地生産から国内回帰の動きがこの先広がる可能性があるだろう。

ただし、経済安全保障の観点から広範囲に国内回帰を進めれば、製造コストが高まり、日本の消費者が高い価格でそれを購入することを強いられるようになる可能性もある。このような形でのサプライチェーンの見直しは、経済的にマイナス効果を生むことにもなるのだ。

RCEPの誕生と経済安全保障政策によって、日本企業のグローバル・サプライチェーンは再構築を迫られる。それは上記のようにプラス、マイナス双方を含む、非常に複雑な経済効果を生じさせることになるのではないか。

(参考資料)
「RCEP発効 22億人巨大経済圏船出」、2022年1月1日、東奥日報
「RCEP、来年1月1日に発効 関税撤廃率9割 (商業・流通)」、2021年12月31日、ChinaWave経済・産業ニュース
「巨大経済圏、日本の輸出5%増へ RCEP1日発効」、2021年12月29日、日本経済新聞電子版
「RCEPでGDP2.7%押し上げ 政府試算、TPP上回る」、2021年3月19日、日本経済新聞電子版
「アジアのサプライチェーンはさらに進化する」、2021年3月16日、METI Journal
「RCEP協定と世界の貿易体制―問われる日本の通商方針」、2021年4月22日、参議院外交防衛委員会 参考人質疑、内田聖子、NPO法人アジア太平洋資料センター(PARC)代表理事

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