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中国・共同富裕の下で進む地方政府の隠れ債務と金融リスクの増大

2022/01/31

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「共同富裕」の下で進む「民から官」の流れ

中国では、恒大集団の経営危機問題への対応が進行中である。足もとでは、恒大集団の資産を売却し、同社を分割する処理案を政府が検討している、と伝えられている。これは、当初から予想されていたことだ。

しかしそれは、恒大集団だけでなく、多くの民間不動産開発会社が辿る道となりそうなのである。恒大集団の問題にとどまらず、不動産分野全体が不況状態に陥る中、国有不動産会社は、資金繰りに苦しむ民間不動産会社からより多くの資産を取得する見込みだ。民間部門が縮小し、国有部門が大きくなる「国進民退」が不動産分野ではさらに進展するのである。

「民から官」の流れは、他の業界でも進んでいる。習近平国家主席が進める「共同富裕」の理念の下、教育、医療、住宅の3分野で、庶民を苦しめる費用の高騰を抑えることが政策として掲げられている。この3分野は「三座大山(三つの大きな山)」と呼ばれている。昨年には、学歴競争を煽り、高い教育費で庶民の生活を圧迫しているとして、民間の教育業者が強く規制された。

こうした分野のサービスは、新たに地方政府が担うことが求められている。例えば、中央政府が営利目的の民間教育企業を厳しく制限し、その代わりに公立学校で課外授業を無料で提供させている。育児と高齢者介護サービスの供給強化も求められている。

問題は、そうした分野での地方政府の負担が高まり、財政難がより深刻化していることだ。「共同富裕」政策のしわ寄せは地方政府に及んでいる。中国の教育、医療、住宅プロジェクトへの財政支出は、地方政府(省、市、県)がそれぞれ、80%、70%、60%超を賄っている。残りが中央政府の負担である。

土地売却による資金調達の道が狭められる地方政府

中央政府が主導する「共同富裕」政策によって、地方政府の歳入環境は悪化しており、こうした財政負担の増加に応えられない状況に追い込まれている。中央政府が不動産企業に対する統制強化に動いたのは、庶民の住宅取得を困難にさせる不動産価格の高騰を抑えるためであった。また不動産価格の高騰は、既に住宅を取得している者にとっては保有する資産の価値が増加することを意味するため、国民の資産格差を助長することになる。これは、すべての人が等しく豊かになることを目指す「共同富裕」の考え方に反してしまう。

ここで問題となるのは、地方政府の歳入の相当部分が土地売却によるものであることだ。ウォール・ストリート・ジャーナル紙の試算によれば、2020年には土地売却が地方政府の歳入の4割以上を占めていた。中央政府の不動産分野への統制強化により、不動産分野が不況に陥り、また地価が下落すると、地方政府が土地売却で得られる収入が大きく減ってしまったのである。

昨年11月時点で、地方政府の土地売却収入は前年同月比で9.9%減少していた。今年は15%程度減少するとの見通しもある。

再び高まる地方融資平台を通じた「隠れ債務」の問題

山東省日照市が最近実施した土地入札で応札は4件に上り、価格は1億7,000万ドル相当と開始価格を11%上回った。ただしこの入札に応じたのは、日照市政府がオフバランス(簿外)で資金調達を行う、地方融資平台(LGFV)だった。実質的には、土地の売り手も買い手も日照市ということになる。

かつてであれば、地方政府が土地入札を行えば、民間不動産開発会社が多く応札していた。しかし、不動産不況のもとで民間不動産開発会社は資金難に陥っており、土地を購入する余裕がなくなっているのだ。コンサルティング会社の中指研究院によれば、昨年11~12月に土地入札を行った21の大都市のうち9都市で、区画の半分以上が地方融資平台によって取得されたという。

一方、地方融資平台は社債を発行することで資金調達を増やしている。地方融資平台の債務は増加しており、8兆4,000億ドルを超えるとの推計もある。これは、実質的には地方政府の債務である。それによって、中央政府から求められる中国の教育・医療・住宅プロジェクトや都市開発などへの財政支出を賄っているのである。

この地方融資平台は、中央政府による規制を逃れて、地方政府が資金を調達する手段として発達してきた。1990年代半ば、中央政府は地方政府による大量の起債を防ぐために規制措置を講じた。地方政府はその規制を逃れるためにこの地方融資平台を作り、橋や住宅、道路などのインフラ建設に融資して、中国の経済成長を支えてきたのである。

しかし、地方政府の簿外での資金調達手段である地方融資平台の債務、いわゆる「隠れ債務」の拡大は、中国の金融システムを揺るがしかねない大きなリスクとなってきた。

「共同富裕」と企業統制強化が金融リスクを高める構図に

地方融資平台は社債の発行等で資金を調達するが、中国の個人が多く投資する理財商品は、その社債で運用されている。地方融資平台のデフォルトは今のところ起きていないが、財務の悪化で格下げが進めば、理財商品に損失を生じさせる。一方個人は、地方融資平台の社債は地方政府の保証が付いていると理解していることから(暗黙の保証)、その価格が大幅に下がり、理財商品に大きな損失が生じると、パニックに陥り、大きな社会的な混乱に発展する可能性もある。

中央政府は「共同富裕」の理念のもとに、民営企業への統制を強化し、また、一部サービスを民間から地方政府へと移管してきた。その過程で、地方政府の債務は拡大し、それが個人を巻き込む形での金融リスクを高めてしまっているのである。政府は、地方融資平台や理財商品に関わるリスクを下げるような政策を進めてきていたが、「共同富裕」の推進によって、自らそのリスクを高めることになってしまっている。

民間のイノベーションを損ね、経済の活力を低下させてしまうリスクに加えて、こうした金融面でのリスクも、「共同富裕」及び企業統制強化には内在されているのである。

(参考資料)
"China's 'Common Prosperity' to Squeeze Cash-Strapped Local Governments", Wall Street Journal, January 26, 2022
「不動産開発企業、資金難で用地取得困難 LGFVが救世主に浮上 (建築・建材・不動産)」、2022年1月27日、ChinaWave経済・産業ニュース
「不動産市場の減速で強まる地方政府の債務圧力」、2022年1月25日、Record China

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