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世界の分断を象徴する北京五輪:世界経済・金融市場への影響は?

2022/02/07

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前回五輪から世界の中での中国の位置づけや他国との関係が様変わり

北京冬季五輪が2月4日に開幕した。同じ北京で14年前の2008年にも夏季五輪が行われたが、その時と現在とでは、世界の中での中国の位置づけや他国との関係も大きく様変わりしている。

2001年の世界貿易機構(WTO)加盟をきかっけに、2008年当時の中国経済は先進国の市場との接近を急速に強める途上にあった。中国は海外企業の直接投資を受け入れ、世界の工場としての地位を確立しつつあったのだ。先進国は、中国の市場経済化がさらに進むことへの期待を高めており、そうした中で開催された北京夏季五輪は、概ね好意的に受け入れられていたのである。また、北京夏季五輪で国際的な注目を浴びることによって、中国の政治制度の自由化が促進される、との期待も聞かれていた。

北京夏季五輪直後の2008年秋にはリーマン・ショック(グローバル金融危機)が起こり、中国は巨額のインフラ投資で世界経済を下支えした、と世界から称賛された。

現在ではその中国経済は、先進国、特に米国の経済を脅かす脅威となっている。2008年から2022年までに中国の名目GDP(ドルベース)は3.9倍となり、世界のGDPに占める比率は7.2%から18.0%にまで高まる見通しだ(国際通貨基金(IMF)による)。

世界の「分断の象徴」に

米国、英国、カナダ、オーストラリア、インドは、「新疆ウイグル自治区で続いているジェノサイド(集団虐殺)と人道に対する罪や、その他の人権侵害」を理由に(中国は否定)、政府当局者を北京大会に派遣しない「外交的ボイコット」を決めた。日本も政府当局者を北京冬季五輪に送らなかった。

2008年北京夏季五輪の際にも、チベットなどで残虐行為が行われているといった非難の声が聞かれていた。それでも先進国は、中国との関係が今よりも良好であったことから、外交的ボイコットなどは行わず、開会式が開かれた北京のスタジアム「鳥の巣」には、80か国以上の首脳が集まった。その中には、米国のジョージ・W・ブッシュ大統領(当時)もいた。日本からは福田首相(当時)も参加していた。

今回の北京冬季五輪の開会式には、約30か国・機関の首脳が参加した。首脳級を送るのは、強権的な政治体制の国が目立つ。その中でも最も大物であるのは、ロシアのプーチン大統領である。

プーチン大統領と中国の習近平国家主席は、北京冬季五輪の開幕に合わせて首脳会談を行い、首脳会談後に両者は共同声明を発表し、国際・安全保障問題に関する共通見解を示した。中ロ政府は今回の首脳会談が、貿易、エネルギー、防諜活動、重要性を増す外交、防衛、安全保障、地域紛争といった幅広い問題で協力してきた両国の関係を一層緊密にするものになるとしている。

緊迫するウクライナ情勢で中国はロシアの立場を支持し、またロシアは、台湾問題で「一つの中国」という中国の立場を支持した。両国は、相互の立場を支持することで、民主主義勢力との対決姿勢を鮮明にした。

両国は正式な軍事同盟は結んでいないが、安全保障面では連携が強まっている。今回の首脳会談は、ウクライナ情勢を強く意識したものであることは疑いがない。ロシア軍のウクライナ侵攻後に、仮に米国を中心に先進諸国がロシアに対して強い経済制裁をかけても、中国がロシアを支援することで、制裁の効果が大きく減じられる可能性がある。

また中ロの接近は、米国の軍事力を欧州と東アジアとの双方に割かざるを得ず、米国が避けたいと考えている「二正面」作戦を、米国に強いる可能性もあるだろう。これは、米国には大きな負担となる。

こうした点から今回の北京冬季五輪は、「平和の祭典」というよりも、世界の「分断の象徴」という性格がより強く出るものとなっている。

「ゼロコロナ政策」が北京五輪の経済効果を相殺

ところで、世界第2の経済大国の中国で14年ぶりに五輪が開催されることは、世界経済そして金融市場にどのような影響を生じさせるだろうか。

中国は2008年大会の開催で、400億ドル(約4兆5900億円)以上の資金を投入した。そして、古くからの首都を世界最大級の地下鉄システムと街並みの再開発で一気に近代化した。

ところが、今回の大会で計上した公式予算は、わずかに19億ドルだという(インフラ投資等は含まれない)。例えば、2008年大会で水泳競技会場となった国家水泳センター「ウォーターキューブ」は、今回、アイスリンクに改装されて利用される。

他方、中国政府は北京五輪での感染拡大抑制を視野に入れて、各地で厳しい規制措置、いわゆる「ゼロコロナ政策」を採用している。これは、工場の閉鎖や人々の移動の自由などを大きく制限することで、経済活動には明らかにマイナスの影響をもたらす。

トータルで見れば、今回の北京五輪の開催は、中国経済そして世界経済にマイナスとなるだろう(コラム「中国ゼロコロナ政策が日本・世界経済の下振れリスクに」、2022年1月20日)。

北京五輪は世界の株式市場にはマイナスか

また、北京五輪は世界の株式市場にもマイナスに働く、との見方がある。既にみたように、北京五輪が世界の分断の象徴であり、先行きの地政学リスクを一層高めるきっかけになるから、あるいは「ゼロコロナ政策」によって世界経済の下振れリスクになるから、ではない。過去15年にわたるデータの分析によると、国際スポーツ競技大会の影響で、世界の株式市場のリターンが平均を下回るという学術研究があることを踏まえたものである。これは2007年にロンドン・ビジネス・スクールのアレックス・エドマンズ氏、コロラド大学ボルダー校のディエゴ・ガルシア氏、ノルウェー経営大学のオイビンド・ノーリ氏の3人が執筆した論文(学術誌「ジャーナル・オブ・ファイナンス」に掲載)の中での分析だ。

共同執筆者の一人であるガルシア氏は、国際競技で「自身の国のチームが敗れた場合、その国の投資家の気分が落ち込み、それが翌日の株式市場のパフォーマンスを悪化させることを示す、明確な証拠を共同執筆者らと発見した、と述べている。他方、やや奇妙であるのは、国際競技で勝った国の株式市場が、翌日にパフォーマンスが上向くとの相関性は確認されなかったことだ。

このように国際競技での勝敗が、株式市場に非対称的な影響を与えることから、大規模な国際競技は、(五輪に限らず)トータルで世界の株式市場に悪影響を与える、という結論になる。

世界秩序、世界経済、世界の金融市場のいずれの側面からも、今回の北京冬季五輪にあまり明るい材料は見当たらないことになる。せめて、日本人選手の活躍に期待したいところだ。

(参考資料)
"China’s Unspoken Winter Olympics Theme: 'We’re Here, Get Used to It'", Wall Street Journal, February 4, 2022
"How the Olympics Could Affect the Stock Market", Wall Street Journal, February 4, 2022
"Putin, Xi Will Put Partnership Against U.S. on Display at Olympics", Wall Street Journal, February 4, 2022

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