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罰則強化の方向で議論が進む経済安全保障推進法案

2022/02/08

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「経済安全保障推進法案」には多くの罰則が盛り込まれる方向

岸田政権が政策の柱の一つに据えるのが、経済安全保障政策である。有識者会議は1日に、政府への提言をまとめた。これを踏まえて政府は、「経済安全保障推進法案」を策定し、2月下旬に通常国会に提出する予定だ。

報道によれば、法律の実効性を高めるため、当初の見通しよりもかなり罰則を強化する方向で、政府内の議論が進んでいることが明らかになった。「経済安全保障推進法案」の原案は全7章、98条からなる。サプライチェーン(供給網)の強化、サイバー攻撃に備えた基幹インフラの事前審査、先端技術の官民協力、特許非公開の4本柱で構成され、それぞれに罰則が盛り込まれている。1日に示された有識者会議の提言には、罰則の具体的な内容は記されていなかった。

サプライチェーンの強化については、半導体や医薬品、レアアース、蓄電池など、国民生活や経済活動に欠かせない物資を政令で「重要物資」に指定する。そして政府は、これらの輸入や販売を行う企業に対して、調達や保管状況などの報告や資料提出を求める。それに応じなかった場合、「30万円以下の罰金」が企業に適用される。法案成立後に政令で業種を明示し企業名も公表する。ただし、経済活動への影響を考慮してそれは一部の大企業に絞る。売上高や利用者数により選定する方向だ。

基幹インフラでは、外国製品が重要設備に使われていないか、国が事前審査をする制度が導入される。その対象となる14分野は、電気、ガス、石油、水道、電気通信、放送、郵便、金融、クレジットカード、鉄道、貨物自動車運送、外航貨物、航空、空港である。これらの企業が重要なシステムを導入する際、設備の概要や部品、維持・管理の委託先などの計画を、主務大臣に届け出ることを義務づけられる。

企業が計画書を届け出なかったり、虚偽の届け出をしたりした場合には、「2年以下の懲役か100万円以下の罰金」となる。また、計画に修正を求める政府の勧告後に、その命令に従わない場合にも同様の罰則が適用される。

先端技術の官民協力については、関係者が知り得た秘密を漏らす場合には、「1年以下の懲役か50万円以下の罰金」が科される。

特許非公開では、核技術や高度な武器技術の発明については、出願内容を非公開とする制度が導入される。それらは国内での出願が義務付けられ、仮に外国に出願した場合は「1年以下の懲役か50万円以下の罰金」とする。

ただしこれらの罰則についてはまだ確定しておらず、今後の議論を踏まえて、「経済安全保障推進法案」の国会提出までに修正される可能性が残されている。

国家資本主義に接近して市場主義の強みを失うリスクも

サプライチェーンの強化については、重要物資などの調達について、政府への報告が求められる。さらに大手企業は、サプライチェーンを遡って外国製品が使われていないかをチェックすること等も、求められるようになるだろう。

気候変動リスクへの対応では、大手企業はサプライチェーンを遡って状況を把握し、環境負荷を下げるような働きかけが求められていく。銀行はその取引先に対して同様なことが求められていく。これと似たことが、経済安全保障でも求められていき、大手企業や銀行には大きな負担となる可能性が見込まれる。

4日に米国の下院は対中競争法案を可決した。米国内での半導体の生産や研究開発に投資する企業に、5年間で520億ドルの補助金を投じる。また同法案には、ハイテク製品や衣料品などの生産の国内回帰を促すなどのサプライチェーンの強化に450億ドルを充てる条項も盛り込まれた。

日本の経済安全保障政策も、米国その他先進諸国と協力して、中国を封じ込める戦略の一翼を担うものだ。経済制度としては、国家が経済活動に深く関与する国家資本主義の中国と競争するため、市場主義の先進各国の政府が、民間企業の活動への関与を強める方向にあるのが現状だ。これは、先進国が国家資本主義に接近していく流れとも見える。

しかしその過程では、企業の自由な競争、活動が様々なイノベーション、生産性向上を生み出すという市場主義の強みが失われてしまう恐れがあるのではないか。

罰則が適用されるこの「経済安全保障推進法案」では、企業の自由な活動を極力制約しないよう、対象範囲をできるだけ限定することが必要だ。経済安全保障政策は、日本の国益を守ることを目指しているが、国益と企業とのステークホルダー(利害関係者)の利益とは一致しないのである。また、同政策が企業の活動を強く制限することで経済活動に悪影響が及べば、それは国益を損ねることにもなってしまう。

さらに、「経済安全保障推進法案」は、様々な規制の対象範囲を明示することが重要である。曖昧な規定にとどめ、適用範囲が裁量によって拡大する余地を残していては、適用を恐れて幅広い企業の活動が委縮してしまう可能性もあるからだ。

(参考資料)
「経済安保、最大懲役2年 4項目全てに罰則 政府原案」、2022年2月6日、朝日新聞
「インフラ設備、製造国や部品を審査 電気など14業種対象-経済安保法案で義務付け」、2022年2月5日、日本経済新聞電子版

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